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「ごめん、まだ君は、さやかさんのことを気にしていたんだな」
「尚人さんにとって大切な人ですから……」
祈るように見上げてくるゆかりの瞳を尚人は目を逸らさずに受け止めた。
「彼女のことは一生忘れないと思う」
噛み締めるように言ったその言葉に、ゆかりは息を呑む。
目がさまよい、唇が震え始めたゆかりを、尚人は離さない。
「……大好きだった。そして、俺の心にずっと長い間刺さっていたひとだった」
尚人の手が両頬を包んでいるので、ゆかりはうつむくことができないのだった。
「彼女は死んだ。でも俺は生きてる。君に会うまでそのことが辛かった。どこかで彼女を裏切っている気がして、誰かのことを好きになる、愛することなんてもうできないと思ってた」
尚人の言葉を聞くゆかりの両眼にはプツリと大粒の涙の玉が浮かんでいる。
懸命に目を見開いても溢れそうなものを目の奥に戻すなんて芸当は無理だった。
泣いたら、負けを認めそうだ、とゆかりは心の中でつぶやいている。
負け?
誰に、なんの負けか。
さやかに。
(尚人に愛されているのは、やっぱりさやかさんだって)
——そういうことなんじゃないかと。
亡くなった女にはやっぱり勝てない。
そんな無力感が全身を襲ってくる。
ゆかりの涙が、とうとう流れ落ちる寸前。
スッと唇を寄せた尚人が、それを吸い取った。
(あっ!)
とゆかりは瞬きした。
「変えてくれたのが君だ。君が俺に、また誰かを好きになるってことを取り戻してくれた」
戦慄くゆかりの唇に、尚人がチュッとキスを落とす。
「ほんと……に?」
身体をぶるぶると振るわせるゆかりを尚人が抱きしめた。
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