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それに気づいた桜亮が、
「あれ? 香月さん、何してるの。さ、入って、入って」
と言いながら玄関のドアのところまで戻ってきてゆかりの肩を抱き、家の中へといざなった。
桜亮の胸のあたりに自分の肩先が当たっている。
思わずドキリ、としてしまった。
親しげに近づかれたことに対してもそうだったのだが、ふわりと香る桜亮の香水に心を乱されたのだ。
甘すぎないけれどはっきりとわかる。桜と土だろうか……の香り。
——あぁ……決定的だ。
ガツンと硬い何かで頭を殴られた気がした。
尚人は香水をつける人ではなかったから。
(違う人だ、違う人なんだ……)と自分に言い聞かせていたつもりだった。
それなのに、やっぱりどこかで、(もしかして……)と考えてしまっていたのだと気付かされる。
自重気味に唇を噛み締めていると。
三年前の出来事がよみがえって来て、それが自分を取り囲むのを感じる。
あの時。知らせを受け慌てて駆けつけたものの。
遺族ではないゆかりは、遺体安置室に入ることができなかった。
まだ婚姻届は提出していなかった。
尚人の母親の咽び泣きを扉の向こうに聞きながら、廊下の長椅子、スカートの生地越し、自分の膝頭に爪が食い込むほど握りしめたことを思い起こす。
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