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歩美と日下
寒いなぁと思った。
ダルイなぁと思った。
頭痛がし始めたなぁと思った。
そんなことを感じ始めた頃には、もう起き上がることができなかった。
『千尋お姉ちゃん、大丈夫?』
心配してますスタンプと一緒に、歩美からのコメントが届いていた。さっきまで、今度行こうと約束したお店で何を買うか?そんなことをやり取りしていたのに、体調が一気に悪くなってLINEを終わらせたつもりだったけど。
返事ができずにいたら、着信があった。枕元に置いていたスマホをなんとか引き寄せ、通話ボタンを押した。
『もしもし?お姉ちゃん?』
「あー、歩美ちゃん…」
やっとの思いで声を出す。
『やだ、お姉ちゃん、死にそうな声してる』
「ははっ…おおげさな…」
『熱があるの?大丈夫?』
「わからない、体温計ないんだ」
LINEのやり取りをしていて、だんだん体調が悪くなってきたから寝るねとコメントしたことで、私を心配してくれる歩美。小学生に心配されるって、情けない。
『…◯×△?!〇〇?』
「…ん…」
何か言ってる歩美に、なんとか返事をしたいのだけどぼーっとしていて、何を言っているかわからない。
_____大丈夫…だよ…
その後は、多分、夢を見ていた。子どもの頃、母親に部屋を追い出されて寒くて寒くてたまらなかったあの夜のこと。真っ暗で一人ぼっちで通路にあった洗濯機の陰に隠れてうずくまっていた。
寒くて震えてガチガチと歯が鳴った。
少ししたら今度は、暑くて暑くてたまらなくなった。どんなに服を脱いでも暑い。冷たいだろと思って寝転がった地面もちっとも冷たくなくて、体の中からの熱がどんどん蓄積されていくようだった。暑くて苦しい。
_____え?
不意に熱くほてった頬に、ひんやりと冷たい感触があった。その冷たさが気持ちよくて、私は首筋にもそれをあてがった。もう片方の頬にもまたひんやりと冷たい感触があって、これで助かった…と安心した。
「…ちゃん?」
_____誰?
「お姉ちゃん、しっかりして!」
はっきりと聞こえたその声は、歩美の声だった。うっすらと目を開けたら、すぐ前に三木の顔があった。
「へ?ひゃあっ!!み、三木さん!」
「あ、ごめんね、その…」
ひんやりと気持ちよかったそれは、三木の手のひらだったことに今、気づいた。私ってばなんてことをしてたんだろ。慌てる私につられて三木も、パッと離れた。そんな大人2人をよそに、歩美はペットボトルを開けている。
「お姉ちゃん、これ、飲んで。スポーツドリンクだから」
「あ、うん」
イマイチ手に力が入らないので落としそうになったけど、そこに三木が手を添えてくれた。
カラカラに渇いていた喉に水分が流れ込んでいき、体内の粗熱が取れていくようで気持ちよかった。
「はぁ、美味しい!」
スポーツドリンクがこんなに体に沁みていくものだと初めて知った。
「救急車を呼ぼうかと思ったけど、大丈夫そうだね?」
ペットボトルに蓋をしながら三木が言う。
「…あれ?どうして?」
三木親子がどうして自分の部屋にいるのか、わからなかった。
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