お父さんの家族

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『茜へ 本当はもっと早くお前に紹介するべきだったんだが…。こんな形になってしまって申し訳ない。 この手紙をお前に渡した人は、高井(たかい)橙子(とうこ)といって俺の新しい家族だ。 実はもう籍も入れてある、だから本当は森下(もりした)橙子(とうこ)だ。 俺の家族ではあるが、だからといって茜のお母さんというわけじゃないから 無理にお母さんと呼ぶ必要はこれっぽっちもない。 茜が俺と一緒に暮らしたいと言ってくれた時は、本当にうれしかった。でも、あの時はもう橙子と暮らしていたから、いい返事ができなくてごめんな。 俺の病気はあまりよくない。茜には迷惑をかけたくなかった。誰にも迷惑かけずに死んでいくつもりだったんだが…橙子がずっとついていてくれた。 だから、俺は最期の時まで一人じゃない。きっと橙子がいてくれて、そこそこ幸せだったなぁと死んでいく予定だ。 それはもうすぐかもしれない。 心残りがあるとすれば、茜の夫になる人に会ってみたかったなぁ。よく言うだろ?『義理の息子と酒を飲みたい』って。 俺はもう飲めないけど、とにかく会って茜をよろしく頼むと言いたかった。 こればかりは縁だから、仕方ないけどな。 茜。仕事も大事だが、生きてゆくことはそれだけじゃない。寄り添える誰かが見つかることを、祈ってるからな。 俺が死んだ後は、橙子に細かく頼んである。 財産みたいなものも特にないが、家は橙子にやってくれないか?その代わりに、葬儀のあと残った預貯金は茜に渡すようにしてある。 あとは、うまくやってくれると思ってる。茜も橙子も俺の大切な家族だからな。 なんだかんだ言っても義理堅い茜のことだから、死に目に会えなかったことを後悔するんだろう。 だけどな、俺は茜が思うよりずっと幸せだったぞ。 ありがとう 俺は茜の父親でよかったよ。 茜は茜らしく、生きろよ。                 父より』 「待ってよ、父さん!」 カクカクと力が抜けて、床に崩れ落ちてしまう。そんな私に駆け寄って抱き止めてくれたのは結城だった。 「一方的に言いたいことだけ言って、私は何も言えてないじゃないのっ!死んでから手紙なんてずるいよ!なんでよぉー!」 泣きながら結城の胸を叩いていた。私の手からハラリと落ちた手紙を結城が受け取った。 駄々をこねる幼子をあやすように、私の背中をさすってよしよしとしてくれる。 思ったより大きな胸と温かい手のひらで、お父さんみたいだと思った。 どれくらいそうしていたのだろう。いつのまにかすっぽりと結城の腕の中にいて、一通り泣けて少し落ち着いてきた。 「…ごめん……」 「落ち着きましたか?」 「うん、ありがとう…」 そばにいて、じっと待っていてくれた橙子さんを見た。 「あの、ありがとうございました。父の最期を一人にしないでくださって。父は、私が思うより幸せだったみたいで、よかったです」 「茜さん、幸せにしてもらったのは私の方なんですよ」 それから少しだけ、父とのことを話してくれた。大人の二人の出会いと暮らしは、とても穏やかで楽しかったんだなと思った。 その後、父が残した遺言に従って身内だけの葬儀を執り行うことにした。それでも、訃報を知った近所の人達が弔問に訪れてくれて、父はこんなにもたくさんの人から好かれていたんだと知って、うれしくなった。 祭壇の前に座っていたら、結城が何かを持ってやってきた。祭壇におちょこを二つ、お酒を入れて並べている。 「お父さんに義理の息子として挨拶したかったなぁ」 その後は、遺影に向かって何かを呟いていた。
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