713人が本棚に入れています
本棚に追加
素直な気持ち
葬儀には、課長と日下が職場の代表として参列してくれた。
「森下くん、落ち着くまでは会社のことは心配しなくていいから。どうやら結城が代わりをやってくれるみたいだからね」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「チーフ…この度は…」
深々と頭を下げる日下。
「日下さんも、遠いところありがとうございます」
二人は焼香を済ませて、帰って行った。喪主としての挨拶は、橙子にお願いした。そろそろ出棺だというころ、結城は礼服を着て戻ってきた。
「チーフ、後は何かお手伝いすること、ありますか?」
結城は、そっと小声で訊いてくれる。
「お願い、一緒に火葬場に行ってくれる?」
「はい、わかりました」
何故、そんなことを結城に頼んだのかその時はわからなかった。後になって父という血のつながったたった一人の家族を失ってしまった心細さから、結城に頼ってしまったと思った。
棺はストレッチャーに乗せられ、ゆっくりと重い鉄の扉の前までやってきた。
「それでは、これが最後のお別れです」
係員が棺の小さな窓を開けてくれた。
「お父さん!今までありがとう」
「忠文さん、さようなら」
もう、顔も見ることができなくなる、今度会うのは遺骨としてだと思うと、胸が張り裂けそうになった。
「それでは、喪主の方は?」
橙子が、私を見た。私は首を横に振った。
「私でいいんですか?」
「お願いします」
鉄のドアの向こうに棺が入っていき、パタンと閉まった。橙子が震える手で、着火のボタンをゆっくり押した。ゴォーッという音がして火が着いたことがわかった。
「では、皆さま、しばらくの間こちらでお待ちください」
係員に誘導されて控室へ向かう。少しふらついてしまったけど、結城に支えられて転ばずに済んだ。
_____今頃お父さんは…
想像するだけで、苦しくなる。
「チーフ、いえ、茜さん、泣いていいですよ。ここは我慢するところじゃありません。俺がここにいますから、安心して泣いてください」
そっと肩を抱かれて、結城にもたれかかった。
_____なんてあったかくて、ほっとできるんだろう?
ずっと泣いていたのに、まだこんなに涙が出るなんて思わなかった。泣きすぎて頭痛がするくらい、泣いた。
「俺、茜さんのお父さんに約束したんです。これからずっと茜さんのそばで、茜さんを守りますから義理の息子にしてくださいって」
「…え?…」
「知ってますよ、茜さんが俺のこと、男として見てくれてないのは。でもやっぱり諦めきれないんですよ。だから、茜さん本人より先に、お父さんにプロポーズの報告をしちゃいました」
「本気…なの?」
「本気です、茜さんがなんて言っても、俺は茜さんが好きです、ずっと一緒にいて茜さんと幸せになりたいんです」
背中をトントンとされながらそんなふうに言われて、まるで子守唄みたいだった。
「ありがとう…」
「え?じゃあ!」
「でも、少し考えさせて。私、恋愛というものを避けて生きてきたから、どうすればいいかわからない。それに、お父さんのことも区切りをつけてから…それまで待ってて」
「待ちますよ、今まで何年待ったと思ってるんですか」
「…ありがとう」
係員に呼ばれて、お骨を骨壷に納める部屋へ入った。
「義理の息子なんで、立ち会います」
と結城も入ってくれた。
_____お父さん、寄り添ってくれる人、見つけたよ
まだ温かいお骨に、心で話しかけた。
最初のコメントを投稿しよう!