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男として
「お待たせしました!」
仕事終わりの結城とは、会社から出て一つ目の交差点で待ち合わせた。
「なんだか、仕事モードだね、まだ。お疲れ様」
「すいません、待ってくださいね、モードチェンジするんで」
立ち止まって、ふっ!と息を吐いた結城。
「よし、と。森下さん、お待たせ」
「あまり変わらない気がするけど?」
「えー、そうですか?じゃあこれでは?」
そう言ってワックスでセットしてあった髪をくしゃっとして、ネクタイを少し緩めてみせた。
「まぁ、うん。ラフになったかな?」
「ラフじゃなくて、ラブなんですよ、俺」
そう。
お葬式の日から毎日実家まで来てくれていた結城は、こんな感じだった。でも今日久しぶりに見た結城は、そっけないように見えてその理由を訊きたかった。
「ここでしたね、俺が転んで水溜りにハマって困ってたところを助けてもらったのは」
「あー、そうだった、いかにもな新入社員がオロオロしてて見てられなかったのよ」
「俺、あの時の森下さんに一目惚れしたんです、多分。あの瞬間はよくわからなかったけど、雷に撃たれたみたいな衝撃でした」
「そうだったんだ…」
結城と私は並んで歩き出した。お店は結城が予約してくれてると言うので、任せた。
「でも、どうして?結城君の周りには、若くて可愛い子がたくさんいるでしょ?」
「若いのは誰だってその時期があるだけだし、可愛いというのは主観的なものでしょ?俺は、森下さんの磨かれた魅力にハマってしまいました」
「磨かれた…ねぇ…」
「仕事のスキルも、人としての考え方も。そしてたまに見せるちょっとだけ、間が抜けてるとこも」
「間抜けなとこも、バレてたのか」
「そこがまた、可愛いんですよ、たまらなく」
着きましたよ、とドアを開けてくれたお店は、こじんまりとしてどこか家庭的なお店だった。イタリアンの居酒屋だと書いてある。
「距離が近い方がいいから、カウンターを予約しちゃいました。せっかくだから近くで森下さんを見ていたいので」
照れたような顔の結城が可愛いと思い、結城のストレートなセリフに私も恥ずかしくなってしまった。
席に着いて、スパークリングワインとカルパッチョやカプレーゼ、アヒージョを注文する。
乾杯をしてグラスのワインを一気に飲んでしまった、年甲斐もなく照れ臭くて顔がほてっていたから。
「美味しいね、これ」
「お葬式のあとは色々忙しかったと思うから、今日くらい酔っ払ってもいいですよ。俺が介抱しますんで」
「うん、ありがとう、あのね…」
「なんですか?」
「あの…会社での結城君って、まえと少し変わった気がして」
「変わりましたか?」
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