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言い訳
新田、という名前を聞いてみんながそっちを見た。そこには、くるりと向きを変えて立ち去ろうする新田が見えた。
「待って!」
私はどうしても言いたいことがあって追いかけた。急ぎ足で逃げるように非常階段へと向かう新田に、なんとか追いつくことができた。
「待ってよ、なにか説明があるんでしょ?」
私と目を合わせないように、うつむく健介。
「…ごめん」
「やっぱ健介だったか…」
もう退職を決めたから、昔のように名前で呼んでもかまわないと思った。
「まさか、こんなことになるなんて、ここまで大きな問題になるなんて思わなかったんだよ」
「なるよね?わかっててやったんでしょ?何故?そんなに私のことが憎かったの?私、そこまで恨まれるようなことした?」
「…違うんだ、あの子、日下って子を困らせてやろうと…」
「なんで?」
「…その…嫁が…」
健介が理由として話したことは、とってもつまらないことだった。つまらないことすぎて、そのためにプロジェクトが中止になって私が辞めることになったなんて、もう笑い話に思えてきた。
「結局、奥さんのプライドが傷ついたから?その上、お荷物プロジェクトだと社長に進言してプロジェクトを中止することで会社の損失を抑えたとして、社長に認められたかったから?」
「う、うん…だから、ほんのちょっとの計算ミスにしたつもりだったんだけど…」
思ったよりも大きな金額の誤差が出て、書類を受け取った経理が慌てて、健介を飛ばして社長に直接訴えたということか。
「そのこと、社長には?」
「言えないよ、そんなことしたら降格させられて最悪どこかに飛ばされてしまう、そんなことになったら嫁が…」
「へぇ!クビにはならないの?やっぱそれは奥さんの身内が偉い人だから?バカみたいだねっていうか、健介、堕ちたねー、なんで自分の力で仕事をしてこなかったのかなぁ?」
「……」
「いっときでも、あんたみたいな男のことを好きだった昔の自分を殴ってやりたいわ!」
そこまで言って私は回れ右をした。
「言うの?社長に…」
背中から泣きそうな健介の声が聞こえた。
「言ったところで、証拠がないとか言われてうやむやにされるのはわかってる、もういい!」
そのままみんなが待つフロアへ帰った。
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