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エピローグ~不死身青年と雪女聖女の損失~
「まぁ、上手いこと全て終わってよかったよ~」
そう言いながら、いつぞやに相模さんと来たことがあるラーメン屋で、下柳さんは前に僕が注文した、一番値段が高かったアレを食べていた。
「...そうですね、結果としては、全て上手くいったんですよね...」
そう言いながら、今回は普通のラーメンを、僕は食べていた。
あの時と同様、大人に御馳走してもらうのだが、どうもこの人相手だと、そういう気にはなれないのだ。
「それにしても下柳さん...」
「ん?」
「どうしてわざわざ、琴音をあのタイミングで、僕と柳さんが居る空き教室に入れたんですか?」
尋ねながら、僕は彼女の方を見る。
「別に...大した意味は無いよ。強いて言うなら、あの子が 柳 凍子 を吸収してくれたお蔭で、死体の掃除をしなくて済むだろうと、そんなことを考えたくらいだ」
そう言いながら、下柳さんはラーメンを啜る。
下柳さんは、どんなことでも目を見れば、その人に関することなら、ノゾクくとが出来る人だ。
たとえそれが、どんなに覗かれたくないことだとしても...
たとえそれが、どんなに取り除くことが出来ないモノだとしても...
この人の能力は、それを当たり前のようにやってのける。
そう考えたら、もしかしたら一番、この人が化け物なのかもしれない。
異人である僕達よりも、よっぽど彼女の方が、化け物染みている。
化け物染みた人間ほど、怖いモノもないだろう。
そんな風に考えて居たら、下柳さんは横から軽快に、口を挟んだ。
「それもそうだね、異人はただそうあるだけだ。水が水であるように、火が火であるように、けれど俺はそうじゃない。俺は人間だけれど、人間らしくすることを望まない。小麦だって、小麦のままじゃ食えないだろ?どうせならうまく、美しいモノになりたい。このラーメンのようにね」
そう言いながら、下柳さんはまた、ラーメンを啜る。
「...」
そして僕は、今度はもう何も覗かせまいと、目の前のラーメンの事だけを考えるように努力する。
たとえそれを、となりのこの人が面白がって見て居ようと、覗かれるよりはまだマシだと、そう思いながら。
「あぁ~食った食った~」
そう言いながらラーメン屋を出ると、下柳さんは軽く背伸びをする。
そして僕の方を振り向いて、彼女は言う。
「さーて兄ちゃん、じゃあ俺とはこれでお別れだ」
「えっ、お別れって...」
「まぁ、よーやく一仕事終えたからな~、このまま一旦、電車で静岡支部に戻って、いろいろと報告する必要があるんだよ。面倒だけど、これも仕事だからしゃーない」
「あぁ、そうなんですね...」
「ん?なんだよ~さては別れが恋しいのか~兄ちゃん、カワイイところあるじゃねえか~」
「そんなんじゃないですよ...ただ...」
「ただ?」
「...あんなことがあってすぐに、下柳さんが僕達の傍を離れるのは、なんだか少し...」
「心配...か?」
「...ないと言えば、嘘になります」
そう言うと、下柳さんは軽く笑いながら、言葉を紡いだ。
「心配するな、お前もあの娘も、しばらくの間は大丈夫だよ。他でもない俺がそう言っているんだ。安心しな」
そう言って、下柳さんは軽く、僕の頭を撫でた。
そういえば、この人のこの口調や、僕を呼ぶときの二人称も、なんだかすごく、久しぶりに聞いた気がする。
そう思うとアレは、柳さんを殺す算段を立てていた時の下柳さんは、謂わば『仕事モード』みたいなモノなのだろうか。
そう考えると、なんだか少し面白い。
あんなに化け物染みている癖に、こんなに人間味がある一面を見せられるとは、流石に思わなかった。
「...わかりました。じゃあ僕は、これで」
そう言って、頭に乗っている下柳さんの手をどけて、僕は駅とは反対の、自分の部屋がある帰路に着こうとする。
そしてそれを見て、下柳さんも軽く、僕の方に手を振って、別れの挨拶をする。
「あぁ、じゃあ、またな」
彼女らしくないその言葉で、何かの劇を終らすように。
部屋に帰ると、またあの時のように、琴音が僕のことを待って居た。
「おそい」
「なんだよ、連絡してくれればよかったのに...」
そう言いながら、僕は自分の部屋の鍵を開ける。
そして琴音の方に向いて、促すようにそれを言う。
「あがっていくだろ?」
「うん...」
そう言いながら、彼女は僕の部屋に入り、またあの時と同じように、小さく丸まって座っていた。
「あんまないけど、とりあえずこれ...」
そう言いながら、僕は前に買っていた缶チューハイを彼女に手渡す。
「これ...いつのヤツだよ...?」
「わからん...」
もとい、買っていて存在を忘れていた缶チューハイだ。
それから僕と琴音はこの一件についての話をした。
そしてそのときに、柳 凍子 が異人に成ったのは、不遇の事故が原因だということには、疑うことはしなかったけれど、もしかしたら彼女は、わざとその事故現場に居たのではないのかと、そんなことも考えてしまう。
もし仮に、下柳さんのような人が近くに居れば、それも可能ではないのかと、そんなことも考えてしまう。
しかしそれは、あまりにも蛇足が過ぎる。
なぜなら、もう彼女は居ないからだ。
あの人は、琴音に対しては聖女のような愛を持ったあの人は、その佐柳琴音によって、この世から損失した。
しかしそれでも、まだあの人は良い方なのかもしれない。
そもそもが欠落していた柳さんの生き方は、人間であることを、初めから損失していたのだ。
それなのに、想い人の中で最期を迎えることが出来たのは、幸運なことなのかもしれない。
普通の人間であるなら、そういうわけにはいかない。
それは琴音にも言えることだ。
たとえ大切な人が亡くなってしまっても、異人ではない人間は、琴音ではない人間は、それを自分の中に取り込むことなんて、出来るわけがない。
取り込むことは出来ないのに、それをどこか、忘れてはいけないところに置いて、いつでも取り出せるところに置いて、前を向かなくてはいけないのだ。
それは多分...辛くて苦しくて...果てしない...
けれどそれも、自分という人間の一部なら...
わかった様なことを、言われるべきではないのなら...
死ねない僕が、そんなことを思うのは、もしかしたら筋違いなのかもしれないけれど...
きっとそうするしか、ないのだろう。
そんなことを思いながら、僕も彼女の横で、これもいつ買ったのかわからない缶チューハイを口にする。
まだ隣に居てくれる、琴音の横で...
こうして、立て続けに続いた『賢狼の悪戯』も、『雪女の損失』も、とりあえずは本当に、終わりを迎えることが出来たのだろう。
少なくとも、もう彼女達が異人として、僕の前に立ちはだかることはないと、そう思いたい。
それに今回のこれらの一件は、歪んでいるにしても、『愛故』のことなのだろう。
『愛は盲目』
昔そんな言葉を体現した、ミステリー小説を読んだ事がある。
最近はそれをリメイクした映画を見たが、アレはなかなかのモノだった。
おっと、話が逸れた。
とにかくもう、僕の前には、賢狼も雪女も現れることは無い。
それよりも僕は、いい加減話さなくてならない。
そうだな、次に話すなら、やはり彼女とのことを話すべきだ。
気が進むわけでは、ないけれど...
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