戦闘開始

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戦闘開始

 某日、大学内某所、向き合うだけで凍えるような冷たさを周りに放つその姿は、たしかに人間というには、いささか化け物染みていた。  服装は前に会った時と変わらない、何処にでもいる様な大人の女性の服装で、強いて言えば胸元に、前には無かったネックレスがあるくらいだ。  しかしながらそれでも、前に会った時とは比べモノにならないほどの何かを、これから殺し合いをしなければいけない僕に対しての、殺気とは違っている何かを、目の前に立つ僕は、感じざるを得なかった。  それにしても、やはりあれは、もはや化け物であると言うべきだろう。  人とは決定的に異なった体質や性質を持ち合わせた者  それが異人という者  それが彼女で  そしてそれが、僕だ...  数日前のこと...  柳さんと話をしてから2日後の休日、特に用があったわけでは無いが、横浜の駅前にあるデパートに足を運んだ。  そこは駅と併設されていて、地下から上の階まで、食べ物や洋服、日用品などが売っていたり、さらには映画館もあったりするので、その気になれば一日中、この施設で遊ぶことが出来るのだ。  しかしながら、こんな所に来ておきながら、こんなことを言うのもどうかと思うけれど、本当に何も目的がない。  洋服や日用品は、今はまだ買う気はないし...  映画は、特に見たいと思うモノもない...  食べ物は、まぁわざわざ一人暮らしのアパートに惣菜を買い込むつもりもないので、用がない...  そんな感じで、こんな『何でもある』様な場所で、僕は今路頭に迷っている最中なのだ。  そんな風に、路頭に迷いながら、少しだけ駅から離れた場所を歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。  「あれ、荒木さん、どうしたんですか、こんな所で...?」  そう自分の名前を言われた方に、声のする方に振り返ると、相変わらずの着物姿を装った、元は旅人の異人であった童女 若桐 薫 (わかぎり かおる)の姿が、そこにはあった。  着なれた着物を着こなして、まるで童話に出てくるような、不思議な綺麗さを持つ彼女は、あの夏休みの熱海旅行で遭遇した、想い人の思いによって重さを与えられてしまった、旅人の異人の、幽霊の少女。  今ではその後遺症のせいなのか、成仏出来ずに様々な所を旅する、浮遊霊的な何か。  そんな奇妙な存在に成り果てても、この街を散策し続ける彼女に、偶然にも僕は、また出会ったのだ。  幽霊と立ち話をするのもアレなので、とりあえず一番近かったカラオケボックスに彼女を連れ込んで、そこで話をすることになった。  いや、この場合『連れ込む』というワードはあまりにも危険だ。  なぜなら、前にも説明したと思うが、僕と一緒に居なければ、誰からも認知されることがない幽霊的彼女は、とりあえず今は、事ここに至っては、あのパンケーキ屋同様、普通の客として周りから認知される。  そのため彼女は、幽霊というだけで、生きていたのが何十年も何百年も前というだけで、その見た目はあまりにもあどけない、着物姿の少女のままなのだ。  そんな彼女を連れて、こんな大学生の男がカラオケボックスに入ってきたら、通報はされないまでも、あまり良い目では見られないだろう。  現に受け付けの時、店員の視線が痛かった。  っていうか今回も、あのパンケーキ屋のとき同様、カラオケに入りたいと言い出して僕を連れ込んだのは、むしろ若桐の方なのだ。  だからむしろ、僕は連れ込まれた側であって、そんなヨコシマナ気持ちなどあるわけが...  「ところで、荒木さん」  密室の隣に座る彼女が、上目遣いで話し出す(クソッ、ヤハリハンザイシュウガヤバイ...ッテイウカ、カワイイ!!!!!!!!!!!!!!!!)。  「ん、どうした、若桐?」  平然を装いながら、僕は言葉を返す。  「前から気になっては居たんですが、私とこうしてお話が出来るということは、荒木さんは普通の人間ではないのですか?」  「えっ、あぁ、まぁ...ね...」  そう言いながら、僕は若桐との会話を、頑張って思い出す。  そしてそのどれにも、僕が不死身の異人であるということを、彼女に伝えて居なかった。  どうやらただ単に、伝え忘れていたようだ。  そしてその僕の答えを聞いて、彼女は納得する。  「そうですか...」  「...それが、どうしたの...?」  「いえ...単純に、荒木さんはどうして、いつも私とこうやって話せるんだろうって、そう思ったので...」  「ふーん」  そう言いながら、カラオケボックスの中だと言うのに、未だマイクもデンモクも取らず、話は続く。  「普通になりたいとは、思わないんですか?」  「えっ...」  その彼女の問い掛けに、僕は少々、間の抜けた返しをしてしまう。  だってそんなこと、僕と関わる他の人達は、わざわざ聞いて来なかったから、つい動揺してしまったのだ。  しかしそれでも、数秒、戸惑う間があっただけで、考える間があったわけではなく、彼女に返答した。  「そうだね、別に今のままでも...というより、今のままじゃなきゃ、僕はダメなんだ」  「...そうなんですか?」  何かを感じとったのか、真剣に、若桐は聞き返す。  「うん、今の、少しだけ普通じゃない僕は、実はある人から、結果的に言えば、大切なモノを奪ってしまって成り立っているから...だからその責任を、僕は今のままの僕で、全うしなくてはいけないんだ」  そう言いながら、僕は隣の若桐を見つめて、しかし頭では、琴音のことを思い出す。  僕が彼女から、あんな形で奪ってしまったことを、思い出す。  あんなことがなければ、僕は普通の人間のままだったのかもしれないけれど、それでも、やはりあのような結果で終わったのなら、僕はその責任を果たす必要があるのだろう。  そんな風に考えて、そこから先は、せっかくカラオケに来たのだからと、そう若桐を促して、マイクとデンモクを彼女に渡して、その日はカラオケを楽しんだのだった。  冒頭に戻って...  なんでまた、こんな殺し合いを始める直前に、若桐とのことを思い出したのか、それを問われると、正直僕もわからない。  しかしもしも、理由を一つの挙げるとするならば、それがここ最近で、一番印象に残ったことだからだろう。  雪女の異人と相対したときよりも、琴音が思いの外弱った姿を見せていたときよりも、下柳さんから殺せと命令されたときよりも...  着物姿の童女と、二人で楽しんだあのカラオケの方が、僕にとってはあまりにも、印象が強かったのだ。  それに、こんな戦闘開始の場面ですら、僕は声を大にして言うことが出来る。    前に会ったあの悪戯っぽいときも、数日前のカラオケのときも  若桐 薫 は カワイイ童女なのだ。    
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