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吹雪を纏う彼女に向けて
「やることは簡単だ。殺せばいい」
そんな風に、さながら大富豪のクライアントが殺し屋に言うように、僕に小さな拳銃を手渡して、下柳さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
しかしその顔は、どこかいつものような、人を弄んでいる様なそれではなくて、この仕事事態を弄んでいるような、この殺し合い事態で遊んでいるような、そんな感じの笑い方をしていたのだ。
「あぁそうそう、言い忘れてた。これ」
そう言いながら、下柳さんは僕に手渡した拳銃を再び手に取って、しかし彼女は、拳銃の、そのリボルバー式の拳銃の弾が込められている部分を僕に見せる様にして、操作した。
「えっ...」
そして見せられたのは、5つの穴と1つの銀色だった。
「弾は勿体無いから、この一発で仕留めるようにして。大丈夫大丈夫、いくら銃を扱い慣れていない素人の君でも、これなら一瞬で、一発で、奴を仕留めることができるから。だから安心して、それを使いなさい」
そう言って、慣れた手つきで再び弾を銃に戻すようににして、もう一度僕に手渡した。
そのとき、さっき受け取った時と、さほど時間も状況も変わっていないのに、どうしてかとてつもなく、どうしようもなく、その銃を握ることを、それを触ることすらも嫌悪してしまう。
しかしながら...
しかしながら、こうするしか今は他にないと、頭ではわかっているから、理性では理解しているから、仕方なくそれを持つ。
そしてその僕の姿を見て、この目の前の性格の悪い専門家は、また微笑を浮かべるのだ。
今度は明らかに、僕の過去をも、弄びながら。
こういうことで空き教室を使うのは、これで三度目である。
一度目は殺人鬼で...二度目は賢狼...そして三度目には...
雪女
「とても勝負になるとは、思えないのだけれど...」
そう言いながら柳さんは、前回よりも明らかに、その雪女の体質や性質を、フルパワーで解放している様子だった。
彼女を囲うようにして、小さな雪の結晶が、まるで吹雪のように舞っている。
そしてそれは、次第に彼女が、その吹雪を纏っているようにも見えてしまう。
その姿を前にして、何の変哲もない、外見だけは只の人間と同じ僕が、下柳さんから渡された小さな拳銃を手に持って、立ちはだかる。
「そうですね...それは僕も思います」
僕のその言葉に、目の前の彼女は美笑を小さく浮かべる。
「それなら、どうしてこんなことをするのかしらねぇ...それとも、この場はただのブラフで、本当の目的は別にあるのかしら?」
その言葉に、僕は明らかな否定の感情を乗せて、言葉を放つ。
「ありません」
「...」
「ありませんよ...そんな風に、殺し合いを何かのブラフに出来る程の技量も、才覚も、度量も、僕は何一つ持ち合わせていません。今僕にあるのは、今僕の手にあるのは、あなたをこの拳銃で仕留めて、この殺し合いを終らせる手段だけです。けれど僕は、あなたに最後、どうしても聞きたいことがあるんです」
「ん...なにかな?」
そう言いながら、彼女は首を傾げる。
「貴方や、それに花影は、望んで異人に成ったと言っていましたよね」
「あぁ、言った」
「それに花影には、貴方が吹きかけたと...」
「言ったよ。それがどうしたの?」
そう言いながら、彼女は一歩、僕に詰め寄る。
どうやら話が終わり次第、すぐさま何かしらの攻撃を仕掛けてくるのだろう。
けれどそれでも、僕は彼女に対して、言葉を続ける。
「でもそれは、吹きかけたというよりも吹き込んだのでしょう?」
「...」
「花影はきっと貴方に、大切な人の傍に居るためには、どうすれば良いのかって、そういうことを相談したんだと思います。どうすれば、その人の一番近くに居られるのかっていう...そういう普通の、大学生なら誰しもが考えて悩むようなことを...」
「あぁ...そういえばそうだった...」
「でも貴方は、そんな花影に対して、柊と同じ様な存在に成ることを...嘗てあなたがそうしたように、柊と同じ異人に成ることを、彼女に吹き込んだ。そうすれば、誰よりも一番近い、その人の理解者に成れると、そういう風なことを、言ったんじゃないんですか?」
簡単な話だ。
最初に会ったとき、僕のことを不死身の異人だと気が付いて居たのなら、もっと前から、僕の周りに居た人間を、彼女が知らない筈がない。
それこそ、僕が異人と成った後、ほんの数ヶ月程で、殺人鬼の異人と成った柊のことを、柳さんが把握していないわけがない。
随分前に琴音が僕に言っていた、柊に対しての、いわゆる同族嫌悪のような感覚を彼女が持ち合わせて居れば、それはすぐにでも、なんなら僕より早く、知っていたのだろう。
だから柳さんは、花影から話を聞いたとき、すぐに誰のことを言っているのか、それが異人のことを言っているのか、わかることが出来たのだ。
「...」
無言の肯定
しかし先程と変わらずに、彼女は美笑を崩さない。
「何も言わないってことは、やっぱりそういうことなんですね...」
「まぁ、その女の子が柊っていう名前であることは、流石に知らなかったけれどねぇ...でもその子、前期の時には私の講義を受講していたのよ。おそろしく出来が良かったから、名前以外はよく覚えているわ。それにあんな危険な気配の子、流石に私から話しかけようとは思わなかった。だからきっと、その子は私のことを、こんな化け物だとは知らないんじゃないかしらねぇ...」
そう言いながら、彼女は視線を少しだけ、僕から外す。
そしてそんな彼女に、僕はまだ、言葉を投げ掛ける。
「そんな風な言い方をするなら、どうして貴方は異人なんかに成ったんですか...そんな風に、周りも、自分のことも傷付けるようなことを言っている癖に、どうして貴方は、それで満足そうなんですか...」
「どうしてって...そこまで私のことをわかっているのなら、わかるだろ?」
「わかりませんよ...そんなモノ、理解はできても納得は出来ない。どしてわざわざ、そんなことをしているのか...」
そう言いながら、僕は手元にある銃を、引き金を引く寸前の、弾が装填されるところまで操作する。
けれど、そんな僕の行動を気にもせず、彼女は言葉を紡ぐ。
「...そんなの、考えれば簡単なことだよ。最も、私にとっては考えなくても、当たり前のことだけれどねぇ...どんなに近くに居ようと、どんなにその人を見て居ようと、その人と同じ境遇に、同じ存在に成らなければ、本当の意味でその人のことを理解しているとは言えない。それが例え化け物だろうと、その人がそうならば、私もそう成らなければならない。だから私は、彼女と同じように、琴音と同じように、人間とは明らかに異なった体質と性質を持ち合わせた、寒々しくも白々しい、雪女の異人に成ったんだ」
「じゃあ、全ては琴音の為だって、そう言いたいんですね...」
そう言いながら、僕は拳銃を両腕で持ち上げて、柳さんに向ける。
「あぁ、そうだよ...」
そう言いながら、柳さんは自分に纏わせている吹雪を、より強固に、より勢いを増した何かに変換させていく。
もはやそれは、雪というよりも白銀の礫のようなモノで、自らを守るよりも、僕を攻撃することの方に、特化しているようだった。
けれども僕は、それらを纏う彼女に向けて、例の銀の弾丸が装填されている拳銃を、彼女に向ける。
こう思いながら、彼女に向ける。
あぁ、それならまだよかったとのかもしれないと、そんなことを、思いながら...
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