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ヒトカケラが欠けただけ
教室に鳴り響く銃声は、僕が思っていたよりも大きな音で、しかしそれとは反対に、結果から言えば決着は、僕が思っていた通りのそれになった。
放たれた一発の銀色の弾丸は、彼女が纏うその氷の礫を、それら全てを貫通して、そしてそのまま、彼女自身の身体をも、当たり前のように、貫通した。
「...」
そして撃たれた彼女は、何も言葉を発さずに、撃たれた箇所を、自らの手でなぞる様にして、撃たれたことを確認して、仰向けに倒れたのだ。
「...」
その姿を見て、僕も何も言わぬまま、ただ彼女に向けていた、その小さな拳銃を、下に降ろした。
「...ッフフ」
倒れて、その撃たれた箇所から血溜まりを作る彼女が、静かに笑う。
「...なにが可笑しいんですか...」
「いや...なんだか面白くてね...」
そう言いながら彼女は、今度は自らが身につけているネックレスを、軽く握る。
「いくら異人なんていう化け物に身を窶していたとしても、あんな小さな、まるでおもちゃの様な拳銃の、一発の弾丸すらどうすることも出来ず、こうして撃たれてしまうなんて...おかしな話よね...」
「...でも貴方は、こういう結果になることを、最初から全てわかっていたじゃないですか...」
「...そうね...不死身の異人である貴方と殺し合いをしても、死なない貴方と私では、とても勝負になるとは思えなかったわ...」
そう言いながら、彼女はまた、軽く笑う。
そしてそんな彼女を見て、僕はどうしても、彼女に尋ねてしまう。
「それなら...それならどうしてこんな...」
そう彼女に尋ねる僕の声は、そうやって、誰かに宛てたわけでも無いようなその言葉は、空を切った様なその言葉は、明らかに震えていた。
けれどその震えは、きっと彼女に対する恐怖とかではないのだろう。
なぜなら、どちらかと言えば僕は今、自分に対しての恐怖で、心が満たされてしまっているからだ。
自分が、いとも簡単に、銃で殺してしまったことに...
自分が柳さんを、人が死ぬような殺し方で、殺してしまったことに...
そしてそんな僕を見透かしているように、ほとんど死ぬ直前であろう柳さんは、笑みを浮かべながら言う。
「最後のチャンスだと...思ったのよ...」
「えっ...」
「ここでこうやって、異人である貴方から、人が死ぬようなやり方で殺されれば、最後くらいはあの子から、人として見てもらえる。雪女の異人なんていう化け物ではなくて、あのときと変わらない、柳 凍子 という一人の人間として...私として、最後を迎えられる...なぁ荒木くん...」
「...なんですか...」
「最後に一つ、君にお願いをしてもいいかな...?」
「...」
「見ての通り、私はもう死ぬ...だからこれからは...いや、これからも君が、琴音のことをちゃんと見ていてくれ...」
「...わかりました」
「もしもあの子を悲しませたら、今度は私が、君のことを殺すからね...」
そう言って、そう最後に、まるで遣り遂げたような表情で、彼女は瞳を閉じようと、口を閉じようとしていた。
しかし...
「それは余計なお世話だよ、お姉ちゃん!!」
いつの間にか、教室の後ろの扉から入って来ていたのであろう琴音の姿が、そこにはあった。
「琴音...なんで...」
その予想外の登場に、僕はつい口を開いてしまう。
「...」
そしてそんな僕とは違い、もう話すことすら苦しい柳さんは、ただ黙って、しかし少しだけ驚いた表情で、琴音のことを見ていた。
しかし琴音は、そんな僕達の心情など、状況などは無視して、僕を軽く押しのけて、柳さんの傍に座り込む。
「本当に...本当に馬鹿だ。大馬鹿だ。こんな形でしか向き合えないなんて、私も、凍子も...」
「琴音...」
擦れた声で、柳さんは琴音の名を呼ぶ。
「思わないからね、私は...例えこんな死に方をしても、私は凍子が、異人じゃなくて人間だったなんて思わない。凍子はちゃんと...最後の死ぬ瞬間までちゃんと異人だったよ。人間なんかじゃなくて、私と同じ異人だった。だから...」
そう言いながら、琴音は柳さんの首筋に、その小さな口を近付けて、そして吸血の為の刃を、彼女に押し当てた。
そうすると、柳さんの身体は、まるで雪が溶けるように、艶やかな白銀の霧が琴音と彼女を包んで、しかしそれは、初めて柳さんと出会った時のような冷たさは感じずに、むしろ慈愛に満ちた何かを残して、消えていった。
「...琴音」
そして、その霧が晴れると、そこには琴音と、柳さんが身につけていたモノだけが残った。
彼女に吸われたことで、柳さんの身体は、一滴の血さえも残らずに、琴音の中に消えていったのだ。
「...誠も、大丈夫だからね...」
「えっ...」
「誠が撃ったのは、人間なんかじゃない。柳 凍子は紛れもなく異人で、人間ではなかった。だから...」
彼女はこちらを振り向いて、そして僕のことを見据えて言った。
「誠は化け物なんかじゃ...ないからね」
涙を溜めた瞳で、無理矢理に笑顔を作ろうとして。
そしてその彼女の姿に、その彼女の、慈愛に満ちた姿に、僕は自分自身が、情けなくもどうしようもなく、救われた気がした。
人としての生き方を、ほんのヒトカケラ欠落してしまった 柳 凍子 を...
銃を撃ってしまったことで、それが欠落する筈だった僕のことを...
このとき琴音は、間違いなく、救ったのだ。
こうして、死闘のような戦闘は、たった一発の弾丸で、決着した。
結果から見れば、あまりにもあっけない。
なんせ血しぶきが飛び交うことも、度肝を抜く逆転劇があるわけでもなく、ただそうなるべくして、そうなっただけのことなのだから。
しかしそれでも、彼女が死ぬ間際に、僕に感じさせたあの感覚は...
きっと琴音に向けていたのであろう、聖女のようなあの愛情は...
これから先も、琴音の中に残るのだろうと...
そんなことを考えた。
そしてそんなことを考えながらも、僕は片腕に残る鉄の重さを、やはり忘れるべきではないのだろうと、火薬の匂いを、忘れるべきではないのだろうと、目の前に立つ琴音を見ながら、そんなことを、思っていたのだ。
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