妹が語る姉のこと...

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妹が語る姉のこと...

 時刻は既に18時を指していて、病院を後にした僕と琴音は、下柳さんと別れ、今は夕食のために、これまた大学からほど近い、ファミレスに来ていた。  病院でのあの会話のあと、僕と琴音と下柳さんは再び花影の病室へと戻り、今度は彼女から、出来るだけ話を聞き出そうとした。  しかしながら...  いや、やはりというべきなのか...  琴音が言っていたように、本当に記憶を失っていた。  それが特にわかったのは、僕を見たときの反応が明らかに、初対面に対してのそれだったというのもあるが、文化際の準備の出来事や、僕や柊に送っていたLINEの内容まで、全て、まったくと言っていいほどに、身に覚えがないと言っていたのだ。  あんなに...  やり方に問題があったとは言え、あんなに一生懸命に、柊に自分のことを伝えようとしていたことも...  それを僕なんかに見抜かれて、憤りを感じて僕を殺したことも...  彼女は本当に、本当に何も、覚えていなかったのだ...  そんなさっきの出来事を思い出しながら、僕は自分が頼んだパスタを、静かに口に運ぶ。  値段は安く、それでいて量は多いので、お金がない大学生にとっては、とてもありがたいモノである。  しかし今は、それを美味しく味わえる程の心の余裕は、僕やこの目の前に座っている少女には無く、それでいて賑やかな店内には不釣り合い過ぎる程に、僕達は消沈していたのだ。  しかしながら沈黙を破ったのは、琴音のポツリと呟くような、声だった。  「姉は...凍子は昔から、なんでも器用に熟すことが出来て、それでいて要領も愛想も頭もよくて、私の憧れだった」  「...」  耳を澄ませるように、僕は何も語らず、彼女の声を聞き入った。  「けれどそんな姉も、一つだけ出来ないことがあるとしたら、それは私のような先天的な異人体質者になることだったんだ。覚えてる?もうだいぶ昔に、誠と初めて出会った時に話したと思うけれど、私の家族は皆、何かしらの先天的な、異人体質者なんだ。それは昔から、本当に昔から佐柳の性は、そういう家系なんだ...そしてそれ故に、私達家族には、私なんかが生まれるよりもずっと前から、管理するための専門家の家系が存在していた。それは全部で三つあって...その中の一つ、頭抜けて能力の高かったのが、柳家の家系だったんだ...」  「えっ...じゃあ...」  「そう...姉とは言ったけれど、本当の、血の繋がった姉妹ではないんだ。でも昔から、幼かった私と歳が近かったからかな...凍子は私のことを、子供の頃から、専門的に管理する立場だったの...」  「...それってつまり、凍子さんは異人の専門家として、吸血鬼の異人だった頃の琴音を、管理していたってことなのか...」  「そうだよ...本当、普通じゃないよね...」  そう言いながら、ストローでジュースを吸い上げて飲み込む。  そのジュースが、たまたまドリンクバーにあった、イチゴと山ぶどうの赤いミックスジュースだったからか、僕は初めて出会った時の琴音を、まだ完全な、先天的な吸血鬼の異人であった頃の琴音を、思い出してしまった。  あのときの、あんな化け物染みた彼女のことを、僕は否応なく、思い出してしまう。  しかしそれでも、琴音は話をそのまま続ける。  「でもそんなある日...あれは私が高校生とかだったかな...大学生の凍子は、相変わらず私のことを専門的に管理しながら、別の仕事も熟していたんだ...でもそこで、事故に巻き込まれた」  「事故?」  「うん...でもあれは、ただの交通事故。しかもなにも関係のない、それどころか異人のことですらない、本当に赤の他人の...けれど凍子は、運悪くそれを、人が死ぬ瞬間を、目の前で目撃してしまった...」  「まさか、それで...」  「そう...そのまさかだよ...たったそれだけの事で、凍子はいきなり、人の形を保てなくなったんだ...」  「そんな...」  そう言いながら、僕は息を呑んだ。  通常、人間が異人となるには、何かしらの切っ掛け(トリガー)が必要で、それは多くの場合、直接的であれ、間接的であれ、その異人に成り果てる人に関係することなのだ(まぁその場合でも、異人に成ることはそうそう無いらしいのだが)。  しかし今の琴音の話だと、まるで関係のない人間の死で、凍子さんは異人になってしまったことになる。  いくら目の前でその瞬間を見たからって、普通はそんなことは起きない。  「そう...普通ならそんなことは、絶対にない...」  そう言いながら琴音はまた、さっき病院で見せたような、しかし今度はハッキリと、姉のことを話している妹にしては、ハッキリと苦しんでいるような表情をしてしまう。  「でもね...さっきも言ったけど...そもそも普通じゃないんだ...」  あぁ、そうか...  そういうことか...  「だってそうでしょう...まだ精神的にも、肉体的にも弱すぎる子供の頃から、私なんかとずっと...」  その彼女の表情を見て、なんとなく腑に落ちた。  だって異人に成るための条件は、もう一つあったじゃないか...  僕と琴音が柊にしてしまった、これこそ事故だと言いたいけれど、でもたしかに、あのとき時期的には、僕と琴音がそれだった...  異人に成るための、もう一つの条件... 「...」  それは影響を与えてしまう異人(だれか)が、近くに居ることだ。    
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