9人が本棚に入れています
本棚に追加
冷たくしてと彼女は望んだ
果たしてこの手段が正しかったのかは、無責任ながら僕の預かり知らぬことではあるけれど、それでもこの女性の本心を少しでも見れるのではないかという、そういう都合の良い、淡い期待を抱きながら、僕は 花影 沙織 の今の状況を全て、 柳 凍子 に伝えた。
しかしながらそれは本当に淡く、期待したことを期待通りに全て裏切るような、そんな様子でしかなかったのだ。
それはその話を聞いたときの彼女の反応が、全てを物語っていた。
「そう...だから今日、あの子は欠席していたのね...」
そう言いながら、どこか虚ろな瞳でぼんやりと、どこか遠くを見つめるような瞳をして、それでいて実際は、あたかもその事象そのものにはまるで興味がなさそうな、けれども一応は、心配というモノをしているような...
そんな精錬された軽薄さを、僕は彼女から感じたのだ。
「まるで...」
「んっ...?」
「まるで他人事なんですね、柳さん。どう考えても...彼女はどう見ても貴方が原因で異人に成り果てて、今はそのせいで入院までしていて、その上...記憶まで無くしているというのに...」
その僕の言葉に対して、彼女は暫く間をとってから薄く笑みを浮かべて、言う。
「そうね、たしかに興味は無いし、他人事にしか聞こえないわ。だってそもそもそんなの、私は彼女に対して切っ掛けを与えたのかもしれないけれど、そこから先のことは、まるでなにも関係がない。本当に他人事でしかないことだもの。それを私にどうにかしろって言う方が、無理があるとは思わない?」
そう言いながら、終始余裕の表情を見せながら、彼女は淡々と、冷徹にも冷血に、言葉を紡ぐ。
しかしそんな風に、そんな何事も無い様な涼しい様子で言葉を放つ彼女の瞳が、僕はあまりにも、それが何も感じていない様な...いや、そういうよりも、もはや何も感じていなさすぎる様な気さえしてしまって、つい口から零れる様にして、言ってしまう。
「それ...本気で言ってますか...?」
その言葉に、今度は口元の笑みを、まるで何かのカラクリ人形のように、余計に口角を上げて応える。
「えぇ、もちろん本気よ」
その言い草が、その表情が、もうそもそも人間というモノをずっと...
ずっと遠くに置いて来てしまっているような...
そもそもこの人は、最初からこういう風に何も感じない様な、最初から昔話に出て来るような、そんな本物の雪女な気がして、ならなかったのだ。
しかしながらそれでも、わずかな望みを、それこそまるで、藁をも掴むような思いで、僕はそれを口にする。
「それでも...」
「...」
「それでもあなたが、まぎれもなく異人で、そして何の関係のない人間を異人に変えてしまったことは事実で...そのことについては、そのことについても、あなたは何も感じ無いんですか...?」
その僕の言葉に対して、今度はわざとらしく、彼女は声に出して笑いながら言葉を続ける。
「フフフッ...荒木君、あなたこそ何か、勘違いをしているんじゃないかしら...?」
「えっ...」
そう言いながら、今度は今までの、そのゆったりとした身のこなしからは想像できない様な速さで、それこそまるで雪風のように、いきなり僕の真正面に表れて、そしてわざとらしく、耳元に顔を近づけて言うのだ。
「あの子はね、自ら望んで、異人になったのよ、私と同じようにね...」
そしてその言葉に対して、今までのどんなに冷たい温度の言葉よりも、僕は耳を疑う他、なかった。
最初のコメントを投稿しよう!