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食い違いがあまりにも...
身体中に蔓延る冷気が、外のそれとは比べものにならない程に、それこそ、周りに吹雪が吹雪いているかと錯覚するほどに、冷たさに似た、恐怖心から成り立つのであろう何かを、このとき僕はたしかに、感じていた。
しかしそんな中でも、聞き返さずにはいられなかった僕は、柳さんにそれを尋ねてしまう。
「自ら...望んで...?」
その言葉に、先程と変わらない不気味な笑みを浮かべながら、彼女は言う。
「えぇ、そうよ...私も、それにあの子も、自分から望んで異人になったの。まぁもっとも、あの子の方は私が吹き掛けただけだから、結果的には一次的なモノでしかなかったけれどね。時間が経てばそのうち、記憶ごと身体から抜け落ちる程度のモノだったのだけど...」
「けれど...」
けれどそれでは、話が全ておかしくなる。
なぜなら花影は、僕のことを殺したあの時あの空き教室で、『何の前触れもなく成り果てて』と、たしかにそう言っていた。
しかしながら、今の柳さんの話では、まるで花影が異人になることを了承したように話している。
それではあまりにも...
「それではあまりにも話が、食い違っていますよ。柳さん」
「...」
その僕の言葉を、今度はその笑顔のまま、なにも言葉を返すことなく、しかしその後ろにある扉に向かって歩き、そして静かに扉を開ける。
「さて私も、仕事を再開する時間だ。そろそろお暇していただいても、よろしいかな?」
「...」
寒空の下を歩くのは、もう授業を終えて、ぞろぞろと家路に着く人達の行列である。
授業が終わる時間帯が重なれば、このようにして列を成して下校することも、生徒数が多い大学ならではの光景なのだろう。
そして僕も、今はその列の一員に居る。
あのような場面では、本来ならば少しばかり抵抗することで、もう少し相手から情報を引き出すことが重要であるのだが、今回ばかりは、さすがの僕も引き際をわきまえた。
時間にすれば、わずか三十分程だろうか。
もっと長い時間、僕はあの人と対峙していたように思える。
それこそ、柳さんと話したあの時間が、僕が恐怖心から感じたあの冷気によって、凍てついてしまったのだろうか。
(いや...さすがにそれはないか...)
もしもそんなことができるなら、もっと別の方法で花影のことや、それに僕のことだって、見つけただろう。
それにあの時感じた冷気、あれは雪女の異人である彼女の体質なのだろう。
しかしそれだけでは...
それだけでは、花影を異人に変えてしまったことの説明が出来ない。
(わからないのは...やっぱりそこなんだよな...)
そう、おそらくあの言い方だと、本当に柳さんが花影のことを異人にしたのだろう。
しかし問題なのは、その方法なのだ。
(吹きかけた...)
そうだ、たしかにあの人は、花影に吹きかけたと言っていた。
あれは一体どういう...
「あっ、帰ってきた」
「えっ?」
その声に気が付いて、顔を下に向けると、そこにはなぜか、フードを被った状態で体育座りをしている琴音が、僕の帰りを待って居た。
「おまえ...こんなところで何しているんだよ...」
そう尋ねると、琴音は少しだけ視線を俯けて、バツの悪そうに言い淀む。
「いや...その...どうだったのかなって...」
「どうって...柳さんのこと?」
「うん...」
そう言いながら、普段は見せない様な表情で、僕のことを見つめる。
どうやら彼女は、柳さんのことが聞きたくて、僕を待って居たようだ。
なんだろう、その彼女の姿が、なんとなく可愛げがあったことは、今は言わない方が良いのかもしれないと思いながら、僕は彼女を、とりあえず部屋に入れたのだ。
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