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無自覚な吸血鬼
部屋に入ると、琴音は頭に被っていたフードを取って、しかし先程と変わらないような姿勢で、態勢で、僕の隣に座っていた。
テレビを点けられるような雰囲気でもなかったので、僕は家に帰ってくるなり注いだ麦茶を、隣に座る琴音に気を遣いながら飲んでいる。
しかしそれだけで、あとはなにもない。
会話どころか声も、声どころか音も、僕ら二人からは出てこない。
いや、少なくとも僕は、出てこないというよりも出せないというべきか...
なぜなら、この隣に座る彼女からは、出会った頃のあの時のような、他人を寄せつけない癖に、誰かにすがる様な視線を感じたからだ。
そして今度は、それがなんだか妙に、緊張してしまう。
自分の部屋だと言うのに、一体なんなのだろうか、この変な緊張感は...
「それで...どうだったの...?」
「どうだったって...?」
ようやく出たその琴音からの言葉を、僕は何の悪気も無く、無粋ながらも聞き返してしまう。
それに対して、少しばかり呆れた様子で、琴音は僕に言葉を返す。
「凍子のことだよ...今日会ったんでしょ...?」
「あぁ、うん。会ってきたよ。なんだか、こっちのことを全部お見通しでいる様な、けれどそれでいて、それほどこっちのことに対しては、興味を持ち合わせていないような、そんな様子だった。」
「そっか...相変わらず、変わってないんだな...」
そう言いながら彼女は、先程僕が琴音に対して注いだ麦茶が入ったコップを手に取って、それを両手で持って、ゆっくりと飲んだ。
しかしその麦茶は、別に温かいわけではなくて、むしろ注ぐ直前まで冷蔵庫にあったモノだから、両手に持って飲むようなモノではないのだ。
だからかもしれない。
なんだかその、麦茶を飲む彼女の姿に...
なんならさっきの、僕の部屋の前でフードを被って、体育座りをして待って居たあの姿に...
気持ち悪さに似ているような、ズレというか違和感を、僕は感じてしまうのだ。
「けれどさ...あの人、変なことを言っていたんだ」
「変なこと?」
「うん。なんだかまるで、花影が自分から望んで異人になったような、そんなことを言っていた」
「...」
「でもそれだと、花影が僕を殺す時に言っていた言葉が、全部食い違うんだよ。だってアイツは、たしかに僕を殺す時、あの講堂で、『何の前触れもなく』って、そんな風に言ったんだ...」
その僕の言葉に、隣に座る彼女は、僕に体重を傾けて、身体をすり合わせるようにして体重を預けて、しかし聞き間違いでは済まされないようなことを言う。
「そっか...じゃあきっと、それはどちらかが嘘を吐いているのかもね...」
「えっ...嘘。なんでそんな...」
「いや...嘘と言っても、この場合は本当に他人を騙そうとして言う嘘ではなくて、こちら側とあちら側が、一つの事象に対して、まったくと言っていい程の、それこそ『対』と言っていい程の異なった解釈をしてしまっているという...いわば勘違いというヤツだよ」
勘違い
その言葉は、あのとき柳さんが、笑いながら僕に言っていた言葉だ。
『君は何か勘違いをしている』
そんな風にして、僕の事をあしらって、煙に巻くというよりも、吹雪に巻いて言った言葉。
「じゃあこの場合は、柳さんが、花影が自ら異人になりたいという、そんな傍迷惑な勘違いが原因で、こんなことになったっていうことか...?」
その僕の言葉に対して、何故だか少しだけ、バツが悪そうにして彼女は答えた。
「...そうかもね」
しかしそのときの...何というべきかはわからないけれど、儚げというか、いつもとは違う、彼女のその、無意識というか無自覚なその姿に、不覚にも少しだけ、心が揺らいだ。
でもそれは、元とは言え、吸血鬼の異人である彼女が放つそれに対して...
彼女の預けた体重から感じられる温かいそれに対して...
こんな風に心が揺らいでしまうのは、僕が不死身の異人であるからというわけではなくて、ただ単に、一人の男子大学生であるが故のことだからだと...
このときの僕は、そう思うようにしていたのだ。
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