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傾向と対策を整えて
大学に在籍して居なくても、近隣の人達が施設を利用することはよくあることだ。
そしてその最たる例が、以前にも待ち合わせをした、この学食なのだろう。
コンクリートの地面といくつかの教室を眺めながら食事の出来るこの場所は、出入りするだけなら別に、何の証明もしなくていい。
なんなら以前、理由もなく朝早く登校したときは、校内で犬の散歩をしていた老人を見かけたこともあった。
そういうのを見かけると、他はどうだか知らないが、少なくともウチの大学は、人の出入りに関しては寛容な方なのだろう。
しかし...
しかしそれでも、もう毎度同じ様な装いだから、あらかたは省略するけれど、それでもこの人が風変わりで、他人にキスすることを躊躇なくできる、この異人の専門家が、小さな拳銃を持っていることだけは、流石に省くわけにはいかないのではないのだろうか...
そう思いながら、僕は昼食のカツカレーを食べながら、目の前に座るその張本人の異人の専門家である下柳さんのことを、僕は見ていた。
そして、まず口を開いたのは、下柳さんの方だった。
「柳 凍子 は、殺処分することになった」
「は?」
僕の持つスプーンの上から、カレーとカツが滑り落ちる。
その聞かされた三文字の聞き慣れない言葉は、自分が予想していたモノよりもはるかに激しく、そして重い内容だったためか、その瞬間、思考が停止した。
しかしそれでも、淡々とこの専門家は、それを僕に告げる。
「今回の一件、あの女は自らの能力を持って、花影沙織の異人化を強行した。それは紛れもない事実だ。だから仕方がない」
「仕方ないって...そんな...」
そんな言葉が、そんな考えることを放棄した様な言葉が出てしまうことが、僕はたまらなく、恐かった。
「まぁ正直、最初に話を聞いた段階から、『あぁ、これは良くない傾向だな』と、そう思っていたし、あの娘、花影沙織を最初に見た時から、なんとなくそう感じていた。意思を持ち、素質の有無に関わらず、異人化を強行できる異人なんて、ハッキリ言って、聞いたことがない」
「...それは、たしかにそうなんでしょうけれど、けれどそれなら、僕と琴音だって、少なくとも何かしらの罰を受けなくては、おかしくなる」
そう、なぜなら僕と琴音の、あの五月のゴールデンウィークのことが影響して、柊は異人化してしまったのだから。
しかし下柳さんは、片手をひらひらとさせて、それを緩く否定した。
「いや、それは違う。なぜならあれは、偶発的な要因の方が大きいからだ。それにそれだと、どちらかと言えば君よりも彼女の方が、佐柳琴音の方が、罪は重くなる。なぜならその殺人鬼とは別に、彼女は二人の異人化を行ってしまっているからだ」
そう言いながら、下柳さんは紙コップのコーヒーに、口を付ける。
二人、きっと一人は、あの雪女の異人である、柳さんのことなのだろう。
そしてもう一人は...
「そう、もう一人は君のことだよ。荒木誠くん。偶発的ではなく必発的に、偶然ではなく必然に、彼女は意思を持って、君のことを異人にしたのだから」
「...」
「まぁでも、それについてはもう、自主的にしてはあまりにも、あまりにも惨いやり方で君達は罰を受けているから、流石に何もできないよ。本当に、アイツも酷いことを考える...」
そう言いながら、また一口、下柳さんはコーヒーを口にする。
そしてそのコーヒーが最後の一口だったのか、それを飲み干した彼女は立ち上がり、そして僕の話は全く聞かずに、その席から立ち上がった。
「まぁ、それはそれとして。今回のこの件に関しては、組合がそう判断した以上、そうするしかない。まぁ安心しろ、お前はこちら側の指示に従って、行動を起こせばそれでいい。それで全てにカタが付く。だから安心して、学生生活を楽しみな」
そんな風に、こちらにはほとんど、何も話させてはくれないまま、下柳さんはその場を後にした。
いや、きっと下柳さんのことだから、こちらの見てきたモノを『ノゾく』ことが出来る人だから、きっと最初に会った時点で、顔を合わせた時点で、得たい情報は得られたのだろう。
だからそれ以上に、僕が話す必要を、あの人は感じなかったのだ。
しかしこれでは、いくら相手の指示を待つにしても、僕は何も準備が出来ない。
そう思いながら、僕は目の前の、残り僅かなカレーを食べきる。
そしてこんな、突拍子もない状況の対策を、無駄だと思いながらも考える。
なぜなら、殺される側は幾度と無く経験したが、殺す側というのは、今回が初めてだからだ。
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