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プロローグ
さて、前回はイソップ寓話である「嘘をつく子供」という物語を紹介したので、今回は日本の逸話であり、昔話としても語られる物語、「雪女」を紹介しよう。
ある雪の日に、吹雪の中帰れなくなった二人の男は、一人が老人で、もう一人が齢十八の青年だった。
その二人は寒さを凌ごうと、近くの小さな小屋に入ったのだが、その夜、顔に吹き付ける雪に青年が気が付き目を覚ますと、そこには長い黒髪の、恐ろしい目をした女性が立って居た。
そしてその女性が、隣で寝ていた老人に白い息を吹きかけると、老人は凍ってしまい、死んでしまうのだ。
そしてその女性は、青年にも息を吹きかけようと覆いかぶさるが、しばらく青年を見つめた後、笑みを浮かべてこう囁いたのだ。
「お前もあの老人のように殺してやろうと思ったが、お前はまだ若く美しいから、助けてやることにした。だが、お前は今夜のことを誰にも言ってはいけない。誰かに言ったら命はないと思え」
そう言い残すと、女性はは戸も閉めず、吹雪の中に去っていった。
それから数年後、青年は「お雪」と名乗る、雪のように白くほっそりとした美女と出逢い、二人は恋に落ちて結婚し、二人の間には子供が十人も生まれた。
しかし不思議なことに、お雪は十人の子供の母親になっても全く老いる様子がなく、青年と初めて出逢った時と同じように、若く美しいままであったのだ。
しかしある日の夜、子供達を寝かしつけたお雪に、青年が言った。
「こうしてお前を見ていると、十八歳の頃にあった不思議な出来事を思い出す。あの日、お前にそっくりな美しい女に出逢ったんだ。恐ろしい出来事だったが、あれは夢だったのか、それとも雪女だったのか...」
青年がそう言うと、お雪は突然立ち上り、叫んだ。
「お前が見た雪女はこの私だ。あの時のことを誰かに言ったら殺すと、私はお前に言った。だが、ここで寝ている子供達のことを思えば、どうしてお前を殺すことができようか。この上は、せめて子供達を立派に育てておくれ。この先、お前が子供達を悲しませるようなことがあれば、その時こそ私はお前を殺しに来るから...」
そう言い終えると、お雪の体はみるみる溶けて白い霧になり、煙出しから消えていった。
それきり、お雪の姿を見た者は無かった。
これが、「雪女」の概要である。
イソップ寓話と比べると、随分と毛色が異なるこの物語も、おそらくは誰もが一度は聞いたことや、見たことがあるモノなのだろう。
日本昔話といえば、大抵の人達が一度は、本やら紙芝居やら映像やらで見聞きするモノなのだから、知っていることの方が自然である。
しかしながら、もしその雪女の存在が、その在り方が正しければ、この青年はとっくに、彼女と再び出会う前に、彼女によって殺されていただろう。
本来の、人ではない者としての在り方を真っ当すれば、彼女は消えることもなかったのかもしれない。
しかし彼女は...
本来人ではない彼女は、人としての在り方を...
人としての幸せの在り方を、知ってしまった。
だから彼女は、この物語ではあまりにも、儚くも切なく、消えてしまったのだろう。
では、これから語られるこの物語では、彼女と同じような、人とは決定的に異なった性質を持ち合わせた。
言ってしまえば、雪女の性質を持ち合わせた、異人の聖女は...
果たしてどの様な末路を辿るのだろうか...
僕はそれを、同じく、不死身の異人である僕は、最後まで見届ける義務がある。
それがどんなに欠落していようとも...
どんなに損失していようとも...
それが人ではない僕達の末路なら、見ておかなければならないのだ。
今回は、そんな義務感に満ちていて、それでいて何かが明らかに欠けている...
そういう物語だ。
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