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第 5 話
3
龍人は市内に入ると、狭い通りや一方通行を
器用に抜けて、コンクリートニ階建ての倉庫のような建物の前にカローラを停めた。
「着いたよ 」
龍人が言うと、岩室はシートベルトを外してドアを開けた。
レッカー移動を覚悟で、カローラは路上駐車した。
コンクリートの一階の部分に、ネオン管で
“ UK “ という名前を描いている。
大学入学後しばらくして開拓した店だった。
大学の酒好きの連中に遭うことは無さそうな、大人っぽい客層が気に入っていた。
顔見知りのマスターが声をかけてきたが、
岩室を見ると目を奪われたように、視線を止めた。
龍人と岩室は、カウンター席に座った。
ここまで岩室を連れて来たのはいいが、龍人はいったい何を話せばいいのかと思った。
龍人は水割りを頼み、岩室も同じものでいいと答えた。
グラスが目の前に置かれ、形だけ口をつけると、もうすることはなにもなくなってしまう。
車で来て、飲めるはずもない。
「話してください 」
岩室は龍人の方を見た。
店内の落とした照明のせいなのか、岩室の瞳の色は、またあの不思議な色になっている。
「え・・ 」
見惚れていた龍人は言葉に詰まった。
「クラブの説明してくれるんでしょう? 勧誘しないんですか? 」
岩室はからかうように言った。
見抜かれている。
クラブの勧誘なんて、嘘だということを。
「何でも好きなもの頼んでいいよ。 この店で一番高いもの注文していい 」
龍人が言うと、岩室は小さくため息をついた。
「ウチで一番高いのは、特製のカレーだよ。 酒は安物ばっかりだし・・味のわからない客しか来ないからね 」
マスターがグラスを拭きながらそう言った。
「ひでえな、マスター 」
カウンターの端に座っていた若い男が抗議した。
「どうして僕を? 」
岩室は意外にも、真剣な目で、龍人を見つめていた。
4
龍人は今日も、学生部の掲示板に貼ってあるアルバイト情報をチェックしていた。
大学3年のこの時期に、就職の見当をつけるわけでもなく、バイト探しをしている自分を、友人たちは余裕のあるヤツと思っているらしい。
就職も考えず、クラブ活動もしていない龍人に、条件のいい就職口があるとも思えない。
かといって、大阪で輸入代理業を営む父のあとを継ぐ気にもなれなかった。
大阪の街の雰囲気が、龍人には馴染めなかった。
大学も関西を避けて、わざわざ四国のこの街を選んだ。
体力には自信があるが、その日は力仕事の求人は少なかった。
「先輩! 」
龍人はあきらめて、掲示板の前を離れようとしていた。
「天羽センパイ! 」
呼ばれて振り返ると、学部の後輩の西館という女生徒が立っていた。
「やあ・・ 」
我ながら、間の抜けた挨拶だと龍人は思った。
「次、なんですか? 」
「次はないよ、休講 」
龍人が答えると、ぱっと花が咲いたような笑顔になった。
「じゃ、お茶しません? 」
大学の一年、ニ年は女の子と遊ぶのが楽しかったが、三年になってからは田宮たちと飲み歩いてばかりいた。
「先輩・・ちょっとお願いがあるんですけど・・ 」
—— ホラね、やっぱり。 何にもなくて、俺なんかお茶に誘うわけないと思ったんだよ・・——
龍人は苦笑した。
—— よくて、誰かを紹介してくれ・・最悪、パーティ券10枚買ってください・・だな ——
「先輩、この間・・史学科の一年の・・岩室君と歩いてましたよね?・・ 」
思いもしない名前が出て、ちょっと驚いた。
「私の友達の奈美って子が・・あの・・紹介して欲しいんですって・・ 」
—— 岩室か・・ ——
「俺、あいつとそれほど親しくないんだ 」
「あ、いいです、いいです。 紹介してくれれば・・あとは自分で何とかするだろうから・・
ホラ、やっぱりきっかけがないと、アプローチしにくいし・・ 」
彼女は悪びれる様子もない。
「あ、センパイ、もしかして・・気ィ悪くしました? 」
「そんなことないよ 」
紹介するくらい構わない、という気になっていた。
—— あの岩室貴和が、このお気楽な女の子たちを受け入れるとは、とても思えないけどね・・ ——
龍人は、ちょっと意地悪な気分でそう思った。
第 6 話 に続く・・・
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