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第 6 話
5
その日、ゼミの講義のあと、約束通りふたりは龍人を待ち伏せしていた。
「先輩、いきましょ! 」
岩室貴和の次の講義は、確か4号館で「近代日本史」のはずだ。
4号館のロビーで西館たちと一緒に、間もなく入ってくるだろう貴和を待っていた。
—— 岩室のカリキュラムを覚えてるっていうのが、怖いよな ——
講義をさサボることのない彼は、必ずここで捕まえられるはずだった。
4号館前の噴水の庭を大股で横切ってくる岩室貴和の姿が見えた。
「来た・・ 」
ため息のような声を、八木奈美が洩らした。
「やっぱり彼・・目立つよね? 」
西館もつぶやいた。
—— 岩室は、俺を無視するかもしれない・・ そんなことになったら、俺の立場はどうなるんだ? ——
龍人はそう思う一方で、岩室が自分たちを
無視してくれればいいとも思っていた。
「岩室! 」
無視されないうちに、龍人は声をかけていた。
彼は立ち止まり、龍人を見てわずかに微笑んだ。
「次の講義、パスしないか? 」
「え? 」
「付き合えよ、な? 」
何だか間の抜けた、ぎこちない誘い方だった。
彼の前では、必要以上に緊張する。
「いいですけど・・ 」
思いがけず彼は乗ってきた。
それでも、龍人の後ろにいる女子ふたりに対しては、全く興味が無さそうだった。
「あのさ、後輩の・・ニ年の西館と友達の・・ 」
「八木奈美です 」
熱っぽい瞳で貴和を見つめていた八木が、自己紹介する。
「どうも・・ 」
無愛想な貴和の態度にもめげることなく、
女の子ふたりは後をついてきた。
ラウンジに入る前ためらうように、龍人に何か言いたそうにしている岩室貴和の肩を押すようにして入った。
ラウンジでコーヒーを取って来てからは、八木奈美は積極的にアタックを開始した。
「あの・・日ノ御子に住んでるんでしょ? 」
「え?・・ 」
貴和は驚いたようだった。
住んでいる場所も、公開情報なのだから。
—— 一応、上級生だから貴和は失礼のないようにしてるのか? ——
「あの辺、自然公園になっててすごくキレイでしよ? 今度、案内して欲しいな 」
貴和は、思わず苦笑した。
「クラブ、入らないの? 」
西館も、援護射撃をしてくる。
「あの・・今度の日曜・・ 」
八木が言いかけた時、貴和は突然、立ち上がった。
「すみません、僕・・ 」
もう耐えられないという顔で、龍人に向かって言った。
「もう、行きます 」
これで龍人の顔は立てたはずだとでもいうような視線を投げて。
「ちょっと・・あ、俺も行くわ、じゃあ・・ 」
龍人はふたりを置いて、貴和の後を追いかけた。
ラウンジのある、学生会館を出る貴和に追いついた。
「待てよ! 」
大声で呼び、貴和の腕を掴んだ龍人を、何人かの学生が振り返った。
「さっきのは・・何ですか? 」
貴和の声は、ドキリとするほど冷たく、掴んだままの手を龍人はあわてて放した。
「後輩の女子に、君を紹介しろと頼まれた。
気にさわったのなら謝るよ 」
龍人は素直に頭を下げた。
「怒ってるわけじゃない・・ただ、女の子は苦手なだけです 」
「俺も、ああいうのは苦手だ 」
龍人が言うと、貴和は表情を和げた。
「もしよかったら、送ってくれませんか? 」
思いがけない貴和の申し出だった。
「え? 」
「日ノ御子まで・・今日はもうサボります 」
「いいよ 」
龍人は、次のクラスで課題の発表があることを思い出したが、頭の中から追い出した。
「よし、行こう 」
6
途中、国道沿いにある、ファミレスよりは少しマシなダイナー風のカフェに入った。
古くからある店だが、入るのは初めてだ。
聞いたこともない名前の豆を挽いた、濃いめのコーヒーはうまかった。
「この前も聞いたけど、どうして僕に・・こだわるんです? 」
貴和は突然、そう言った。
「こだわるって・・? ・・そうだな・・どうしてだろう・・ 」
思わず、自分の心の奥に問うような言葉が出た。
「興味? それとも・・ 」
貴和の瞳が一瞬、妖しく光ったような気がした。
龍人は自分でも、その心の動きが説明できない。
会うたびに、抵抗する間もなくどんどん貴和に惹きつけられている。
彼は、今までに出逢った誰にも似ていなかった。
—— ああ、そうだ・・ひとりだけいる・・中学の時・・いつも一緒にいたあいつに・・
・・みんながあきれるほど、くっついていたのに・・俺はあいつのことを何も知らなかったのだ・・卒業式の日、突然、逝ってしまったあいつに・・
・・少しだけ・・どこか少しだけ・・
・・ふと油断して視線をはずした瞬間に、失われてしまうような・・
そうだ、あいつに似ている・・ ——
第 7 話 に続く・・・
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