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第 4 話
2
何日間か岩室貴和を観察して、龍人は彼の行動パターンをつかんだ。
月曜から金曜まで、まじめにキャンパスに
来ている。
講義には出ているようだが、カリキュラムの組み方は一年としては偏りすぎていた。
つまり、ほとんどの授業を午前中に集中させているのだ。
バイトでもしているのだろうか。
午後になると、岩室の姿は消えている。
クラブ活動もしていないし、街へ出て遊ぶタイプでもなさそうだ。
—— 中学生じゃあるまいし、門限でもあるのか・・ ——
龍人は半ばあきれていた。
それにしても岩室貴和には、親しい友人の
ひとりもいないようだった。
一年生といっても、春ならともかく夏のこの時期になれば、たいてい仲間ができていて一番楽しい時なのだ。
龍人もそうだった。
それでも、彼は特別、淋しそうでもなかった。
自由にキャンパスを歩きベンチで本を読み、
ラウンジで女子学生たちの視線を浴びながら、
何時間もコーヒー一杯でねばったりしていた。
そのくせ午後になると、もうキャンパスには見向きもしないで立ち去るのだ。
まるで、ここにしか自由がないとでも言うように?
自分にはそう見えるのが、龍人には不思議だった。
岩室貴和は一匹狼だ。
龍人は、そんな彼を飽きることなく観察し続けた。
—— 俺は、いったい何をやってるんだ?
どうかしてる・・ ——
初めて岩室貴和を見た時。
彼の瞳の、あの不思議な色に心が騒いだ。
田宮は気づかないのだろうか。
黒でも茶色でもない、深い緑色を隠した灰色の瞳。
あんな目の色は在り得ない。
—— ・・悪魔の瞳か?・・ ——
ふいにその言葉が浮かんだ。
—— 悪魔でなければ・・” 天使 “ かもしれい・・ ——
彼の一週間のカリキュラムの中では、一番遅い西洋史のクラスを終えて、岩室貴和が教室から出てくる姿を、龍人は追いかけた。
つかまえるなら今日しかない。
いつもは、ほとんど明るいうちに彼は帰ってしまう。
どこかへ飲みに連れ出すには、今しかないと龍人は足を早めた。
岩室は正門を出て、バス停の方へ向かって
歩き出した。
彼のあとを追いかけ、龍人は衝動的に声をかけていた。
「ねえ、ちょっと待って・・ 」
「はい? 」
振り向いた彼の瞳の色は、ごく普通の色だった。
—— 俺の見間違いだったのか? ——
「何か? 僕に用ですか? 」
こうして見れば、どこにでもいる大学生だ。
龍人はとっさに、クラブの勧誘のふりをした。
「君? ・・まだクラブ、決めてない? 」
「え? はい・・でも、僕・・ 」
彼に断る間を与えず龍人は口から出まかせを
並べた。
「まだ決めてないんだったら、ウチのクラブに来ない? ・・
別に何をするって決まってるわけじゃなくて・・テニスしたり、サーフィンしたり、コンパやったり・・旅行に行ったり・・
要するに・・楽しいことなら何でもやるっていう・・遊びのサークルなんだけど・・ 」
—— もし勧誘されても、俺は絶対に入りたくないね・・そんなアホバカ サークル・・ ——
「僕は、どこにも入る気ないので・・失礼します 」
岩室貴和は、アホバカサークルの軽薄な勧誘員から、一刻も早く離れたいというように、さっさと歩き出した。
「頼むよ、話だけでも聞いてくれ 」
彼の前に回って、思わず龍人は頭を下げた。
「え? ・・困ります 」
冷たいというより、戸惑った声で岩室貴和は断った。
「話、聞いてくれるだけでいいよ。 こうして俺が説明してる間も、まじめに勧誘してりか、チェックされてるんだ 」
龍人は、そう言って、遠くの校舎を示した。
「ほら、あそこの4号館の前にいる奴、ウチのサークルの勧誘担当・・ 」
つられて岩室も振り返った。
一瞬、彼の髪が龍人の鼻先をかすめて、ドキッとした。
思わずその繊細なラインを見せている、横顔に見惚れた。
岩室は視線を戻して、いぶかしげに龍人を見た。
—— バレた?・・ ——
何も言わずにいたら、もっとじっと見つめるか、顔が赤くなるのにまかせるしかない。
「君のリアクションにかかってるんだ。 話だけ聞いてよ 」
根負けしたように、彼はやっと少し微笑んだ。
微かに心を開いたようだった。
「よし、決まり! ここじゃ、あいつらがうるさいから・・行こう 」
龍人は彼の腕をつかんで歩き出した。
「どこへ・・ ? 」
「場所を変えよう。 いい店があるんだ 」
ナンパとしても、最低だと思う。
「あの・・ 」
「あ、そうか。 俺は経済三年の天羽・・天羽龍人。 天の羽って書くんだ・・ 天の羽に龍の人・・ 日本昔ばなし・・ みたいな名前だろう? 」
龍人の自己紹介に、岩室は少しだけ笑った。
「君は? 」
知らないふりして聞いた。
「岩室・・貴和です。 史学科一年です 」
「行こう! おごるよ 」
龍人は駐車場に停めてある、ポンコツのカローラのところまで、なんとか彼を引っぱって行った。
岩室貴和は、車の横に立って戸惑った顔をしている。
—— 知らない人の車に乗っちゃダメよ、って
ママが言ったのか?・・ ——
「乗って 」
先輩だから断りにくいのか、岩室は心を決めたように、助手席に乗った。
第 5 話 に続く・・・
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