花岡 未来 ― 1 ―

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花岡 未来 ― 1 ―

 公園のベンチに腰掛けていた。  とりたてて何の変哲もない、それこそどこにでもあるような木製のベンチ。そこに浅く腰掛け、ほんのりとアールが掛かった背もたれにぐったりと背中、というよりも上半身全体を預け、どことでもなく虚空に視線を送る。  誰かを待っている、という訳ではない。  時刻は朝の七時を回ったばかりだし、なにより、待ち合わせにしては私の気持ちは沈みすぎている。  首筋から耳元へと抜ける風が、脱力した私の体をぶるりと震わせる。冷たい指先で撫でられるかの如きそれに、不思議と不快感はなく、私はそっと目を閉じると、体の震えとともにその余韻が消え去るのを待った。  先ほど公園入口の自販機で買った缶コーヒーの蓋を開け、続いて、上着の胸ポケットからタバコを取り出す。抜き取った一本を口に咥え、風を遮りながらに火を点けると、その最初の一吸いをゆっくりと吐き出していく。  缶コーヒーの口から上る湯気と、タバコの煙。似て非なる二つの曇りを、混ざるより先に季節風が散らしていく。  何をするでもなく、ただベンチに座って、タバコを吸う。それだけ。  それでも、あえてその行動に理由をつけるとするならば、私は空を見ていた。  十一月の下旬。秋と言うには少し遅く、かといって冬と呼ぶのはまだ早い。そんな季節の交わる汽水域にあって、どちらにも染まり切らない早朝の空は、驚くほど豊かな表情を見せてくれる。  いまだ登り切らない朝日に照らされた上層雲が、羽毛のように淡い輪郭を浮かび上がらせては鮮やかに染まっている。あと十五分もすれば、その下に湧いた積雲系の雲も白く輝き出すだろう。 私はそうなる前の、今の時間の空が好きだった。 なぜなら、一様に照らされたべた塗りの空よりも、遙か上層まで積み上げられている空の深さを感じることができるから。  吸いきったタバコをくしゃくしゃと揉み消しては、缶に半ばほど残ったコーヒーを一息に流し込む。もとは持っていられないほどに熱かったそれも、今の季節のこの時間、開けてしまえば途端に冷めてしまう。  公園脇の街路樹達はみな一様に葉を落とし、足元に脱ぎ散らかされたかつての原色のコートが、わずかばかりに秋の名残を感じさせる。それでいて、私の髪を撫でつける風は穏やかだがひんやりと冷たく、迫りだした冬が控えめな自己主張をしているのかもしれない。  私はそんな冬に敬意を表して、胸元まで下げていた上着のジップを襟元まで引き上げては立ち上がり、歩き出す。
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