花岡 未来 ― 1 ―

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 いつものように公園のベンチに腰掛けると、一服よりも先にため息が出る。仕事そのものがとりたてて忙しいわけでもなかったというのに、なんだか今日はいつもより疲れた気がする。もとい、疲れた。 思えば、帰り際の休憩室では終始奈々ちゃんと一緒だったため、仕事終わりの一服をしなかったのもその一因かもしれない。 ゴソゴソと上着の胸ポケットをまさぐってはタバコとライターを取り出す。 まるで自慢にもならないことだが、私の喫煙歴は長い。あえていつからとは言わないが、およそ法律上許される年齢からはコンスタントに吸い続けている。そんな当時から比べると一箱当たりの価格が倍になり、それに伴って減少する喫煙者人口に比例するように日々肩身が狭くなっていく社会にあっても更々禁煙する気のない私だが、それでも非喫煙者と空間を同じくする場合は喫煙を控えるようにしている。 タバコの話題となると、何かとマナーの悪い喫煙者がやり玉にあがることの多い今日この頃だが、かえってその他大勢の喫煙者というのは概して昔よりマナーは向上しているのである。 マジョリティーからマイノリティーへ。立場が変われば、それまでの当たり前を非常識だと責められてしまうのである。だからこそ、マイノリティーを自覚する私たちは自己防衛に余念がないのだ。 閑話休題。  ベンチの背もたれから勢いをつけて体を起こすと、もはやルーティンのごとくタバコに火を点け、缶コーヒーのプルタブを開ける。  今日も今日とて西高東低な気圧配置は朝からの好天をもたらし、お陰様で絶好調の放射冷却は上着から覗く私の襟元を冷たく撫でては体を震わせる。この分だとマフラーの出番も近そうだ。  横目に公園脇の歩道に目をやれば、白い息を吐きながら多くの人たちが駅へと向かい、その奥の車道では信号が変わるたびに多くの車が行き交っている。  今日は奈々ちゃんのこともあって店を出るのがいつもより遅かったので、時刻はすでに七時半を回っている。店のメンツもほとんどが主婦層メインの朝メンバーに入れ替わり、店長もそろそろ出社してくる頃だ。朝食を食べていた奈々ちゃんはおそらく通学途中の電車内だろうか? 車内で寝過ごさないといいのだけれど――。  そんなことを考えていたら、いつの間にかタバコの灰が随分と長くなっていて、それを携帯灰皿に落とすより先に、崩れ落ちては上着にはじけてパラパラと粉が舞う。  やってしまった。仕方なく立ち上がってはパンパンとそれを叩き落とすが、落としきれない灰が僅かながら白い汚れを残す。今更気にするほどのものでもないが、ふと、思うことがあった。  都合十年近く愛用しているモッズコートではあるが、このコートには今付いてしまったような汚れが、きっとたくさんあるのだろう。私はその一つ一つをまるで覚えていないのだけれど、かといって、あるという事実そのものは変わらない。  つまりはそれだけの時間を、私は過ごしてきた。  そして、その中にあって、私は何をしてきただろうか。  当たり前のことだが、私はもう少女ではない。  見た目こそ若いと言ってもらえることが多いとはいえ、それはただ童顔に生まれついたというだけで、私が何かをしたわけではないし、二十九歳という年齢も変わらない。そして、年が明けての一月には誕生日が控えていて、そうすれば私の二十代は終わりを迎える。  現状に特別不満があるわけではないが、それでもしかし、こうして俯瞰的に自分自身を眺めてみると、毎日を無為に浪費しているのではないかという疑問も湧き上がってくる。  それはひとえに奈々ちゃんや国吉のような学生であったり、はたまた水島さんのような同年代でありながら母親である人たちと接する機会があるからかもしれない。  今の私は、ここにいる。  ならば来年の私は? やはりまた、同じようにここにいるのだろうか?  見上げた空に、はるかな成層圏は見通せても、私の未来はまるで見えてこない。こんな時ばかりは、未来と名付けられた自分の名前が嫌に皮肉めいて思えてしまうのだった。
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