花岡 未来 ― 2 ―

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花岡 未来 ― 2 ―

 日々移り変わっていく季節にあって、何をもって冬とするのか?  二十四節季でいうところの立冬がそれにあたるのだろうが、古来の大陸伝来の暦を基としたそれは、現代の季節感とはいささか乖離した部分も多い。事実、日中はまだ上着なしで過ごすことのできる日もある十一月の上旬に「立冬が来たから今日から冬だよ」と言われても、肌感覚でそうだと納得はできる人は少ないだろう。  ならば、何をもって冬とするのか。そこに明確な基準がない以上、それは人それぞれだ。  十二月になったら。  雪が降ったら。  コートを着るようになったら。  鍋が食べたいと思ったら。  きっと、各人が思い思いの基準を持ち、日々の衣食住がその琴線に触れたときに、人は冬を感じ、吐き出す息に、見上げた空に、そして吹き抜ける風に思いを馳せるのだろう。  私にとって今年の冬は、折もよく十二月の一日(いっぴ)にやってきた。  私にとっての冬の訪れは、マフラーを巻いたときだ。寒い寒いといいつつも上着の襟を立てて、その襟元までファスナーを閉め切って耐えられているうちはまだ序の口。それではもう耐えられない、限界――そうして、もこもこウールの肌触りに助けを求める時こそ、冬なのだ。  とはいえ、これはあくまでも今の私の基準である。これが高校生までの、東北の実家にいた頃だとまた話は違って、エアコンのない当時の私の部屋で、物置からヒーターを出してきた時が冬の始まりだった。  そんな冬の始まりとともに迎えた十二月。師走というだけあってどこもかしこも忙しくなる次節であるが、それは当然私にもあてはまる。より正確に言うならば、私の働く店が、であろうか。  いつものようにバイト先へと向かい、その入り口のドアにて、早速その変化の一つを見つける。観音開きの二枚ドアの両方に飾られた、クリスマス用のリース飾り。そしてレジカウンター前に鎮座ましましているクリスマスツリーだ。 「ああ未来さん、おはようございます」  ドアを開けて店内に入ると、ちょうどレジ奥にいた国吉に声をかけられる。 「うん、おはよう。もう出したんだね、それ」  マフラーを解きながらに挨拶を交わし、顎でもってツリーを示す。 「ええ、聞いたら、バイトの高校生たちが出してくれたみたいです。最悪、今日は深夜組でクリスマス関連の準備かなと思っていたんで、助かりましたよ」 「そっか、そういえば去年はどの時間帯も忙しくて、結局手の空いた深夜組で出したんだもんね、これ」  種々様々な飾りで彩られ、雪を模した綿と、その奥でカラフルに明滅するLEDの明かりを見ながらに、昨年のことを思い出す。 「なんか早いっすよね、一年」 「そうだね。でもね、キミ、十年後はその一年が今以上に早く感じるようになるからね?」 「そうなんですか? いや、今でも十分早いんすけど」 「絶対なるよ。現に、私がそうだからね。ほんと、あっという間だよ、一年なんて」  嘲笑にも似た苦笑いを一つ決めて、私はその場を後にバックヤードへと歩いていく。その途中にも、クリスマス仕様に切り替わった店内BGMが聞こえてくる。毎年のことではあるが、クリスマス自体は月末なのに気が早いものだと思ってしまう。とはいえ、その月末もきっと、体感的にはあっという間なのだろうな――そう思うと、自然とまた苦笑が浮かんできてしまう私なのであった。
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