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「とまあこんな感じなんだけど、どう? できそうかな?」
「うーん、できそうではありますけど、これ見ただけだとまだなんとも。あとはもう、実際にやってみないと、て感じですね」
フロアに出た私は今、ホールを国吉に任せて、奈々ちゃんと一緒にバックヤードのドリンクコーナーにいた。
ドリンクカウンターに並んで立ち、そのカウンターに一冊のファイルを広げながらに、奈々ちゃんは顎に手を当てては唸っている。そのファイルは何かといえば、各種ドリンクメニュー――ドリンクバーとは別の、パフェやデザートなどのオーダーメニュー――の作成手順が写真付きで載っているマニュアルだ。もっとも、私は勿論、奈々ちゃんもレギュラーメニューであれば既に作り方を覚えているので、今確認しているのは今日から始まるシーズンメニューの方だ。
「なんていうか、やたらと生クリームとか砂糖使うメニューが多くないですか?」
「そう? でもまあ、そこはほら、冬だし雪をイメージしてとかなんじゃない?」
「雪? あ、もしかして白いからですか? うわ、なんかそれ安直ですよ花岡さん」
「いやいや、別にメニュー考えてるの私じゃないからね?」
ファイルをぺらぺらとめくってはそんな会話を交わしつつ、数品にわたるシーズンメニューの手順を確認していく。こうしてのんびりと仕事に入れるのは、ランチやディナーと違って明確なピークタイムが存在しない深夜帯の利点かもしれない。
「メニューが増える分、仕込みとか補充も変わるから気を付けてね?」
「はい、そこはメモしておきます」
奈々ちゃんは返事とともにエプロンのフロントポケットからメモ帳を取り出すと、早速カウンターでメモを取り始める。
「あとは実際にオーダーが入ってからだね。そしたら奈々ちゃんに声かけるから、一回私と一緒に作ってみよう」
「はい、わかりました。あ、でもオーダーとか配膳とタイミングかぶっちゃったら……」
「大丈夫大丈夫、ほら、今日はあいつがいるし」
奈々ちゃんが言い終わるより先にそう言うと、カウンター越しのホールに視線を向ける。つられて奈々ちゃんもそちらに顔を向けると「ああ」と納得の表情を見せる。
「あいつって、もしかして国吉さんのことですか?」
「そうそう、あれで体力有り余ってるし、基本任せちゃっていいから」
私がさらりと言っては頷く向こうから「未来さーん、全部聞こえてますからねー」と声がかかった気もするが、きっと幻聴かなにかだろう。
「さて、それじゃ奈々ちゃん、ここまででなにかわからないことは?」
「いえ、大丈夫です花岡さん」
「ならとりあえずはオーケーかな? それじゃ私は一旦補充作業やっちゃうから、奈々ちゃんはそれ、メモ取り終わったら元の場所に戻しておいてね」
「わかりました。ああ、そういえば花岡さん」
それじゃ早速と踵を返しかけた私だが、思い立ったような奈々ちゃんの声掛けに足を止める。
「なに? なにかわからないところあった?」
「ああ、いえ、そうじゃないんですけど」
言って、奈々ちゃんは一度ホールに目をやる。それから、ゆっくりと流し目でも送るかのように私を見る。
「前々から思ってたんですけど、花岡さんと国吉さんて仲良いですよね?」
「は?」
私と国吉が? あまりにも突拍子がなさ過ぎて、思わず固まってしまう。
「私も花岡さんたちとシフト一緒になること多いですけど、お客さん切れたときなんかによく二人で話してますし、それにほら、国吉さんて花岡さんより年下なのに、花岡さんのこと名前呼びじゃないですか? だから、すごく仲良さそうですし、なんていうか距離感が近い気がするんですよね」
「ああ、うん、まあそれはそうかもね……」
奈々ちゃんの言葉に思い当たる点があってか、私の返事は歯切れが悪くなる。具体的にどこがと言われれば、それはもう距離感のところだろう。実際、物理的な距離に関してはゼロどころかマイナスまでいっているのだから。
とはいえ、奈々ちゃんがここでいうところのそれは、もっと感覚的な、いわゆるパーソナルスペースに基づくものだろう。だから私は、ごまかすように「でも」と笑って見せる。
「特別に、てほどではないよ。なんていうか、もうそれなりの期間一緒に働いているし、時間帯的にシフトが重なることも多いからね」
「そうなんですか?」ぐぐいと詰め寄られる。「つまり、二人は特別な関係ではないと?」
なんだか今日はいつにも増してぐいぐい来るな。図らずも後ずさってしまいそうになるのをこらえて「そうそう」と頷いて見せる。事実、嘘は言っていない。私たちは別に付き合っているわけではないし、ちょっとばかり関係が特殊というだけだ。うん、嘘は言っていないぞ、私。
ちなみに当の奈々ちゃんはといえば、どういうわけか下をむいて「うーん」と唸っている。もしや、なにか疑われているのだろうか。
「花岡さん」
「はいはい、何かな?」
思いのほか真剣な表情の奈々ちゃんと、生まれる一瞬の間。それから、奈々ちゃんは再び口を開く。
「そしたら、花岡さんにお願いがあるんですけど、いいですか?」
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