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午前八時きっかりにタイムカードを打刻すると、手早く着替えを済ませて店を出る。
一歩店を出ると、そこは通勤時間のど真ん中にある駅前のペデストリアンデッキであり、JRと私鉄、その両方のホームがひっきりなしに人々を吸い込んでは吐き出している。
私はそんな濁流とも呼べる人々の往来を避けるように通路の端に寄っては、マイペースにテクテクと歩いていく。
いつものコンビニで買い物を済ませ、店を出たところで一度スマホを確認すると、村瀬からのメッセージが届いていた。ちなみに届いた時刻は七時二十分なので、私の仕事中に届いていたらしい。
レジ袋を持つ左手はポケットに入れたまま、片手で画面をタップしてメッセージを確認する。
『今日は助かった。飲みの詳細はまた連絡する』
実務的ともいえる内容を一読し、すぐさま返信を打ち込む。
『了解、連絡待ってる。いってらっしゃい』
私は私で、村瀬と同じかそれ以上に実務的な返事をする。誰かに――それこそ奈々ちゃんあたりに見られたら「それだけですか?」と言われてしまいそうなほど装飾性に乏しい文面だが、こと私と村瀬に関しては、これでいいのだ。
今でこそ誰しもがスマホを持つのが当たり前であり、連絡を取り合うためのツールとしてもSNSが主流となっている。しかし、村瀬との付き合いはそれらが世に出た時期よりも古くからであり、だからこそお互いに簡潔に要点のみを伝えるやり取りに慣れてしまっているのだ。
互いにスタンプなんてまず使わないし、既読がすぐにつかないのは日常茶飯事、既読スルーどんと来い。そんな、今の目で見ればちょっと物足りないやり取りが、私たちにはむしろ丁度いいのだ。
村瀬のこともあってか、なんだか今日は公園で道草する気分にもならず、私にしては珍しくまっすぐアパートへと歩き出す。
思えば、最近は昔ほど頻繁に連絡を取ることは無いとはいえ、村瀬との付き合いも随分と長くなる。
初めて村瀬と会ったのは、私が大学一年生の時の春だった。
入学後初めてのGWも終わり、気の早い帰省を済ませた新入生もちらほらと見受けられた新緑の時期。この入学から約一か月というタイミングは、年明けのセンター試験から入試、合格発表、卒業ときての部屋探しに上京、入学と続いていた人生の一大イベントがパタッと落ち着くところであり、ようやく一息つくことができる給水ポイントなのである。
もちろん、中にはそこで水を飲みすぎてしまって、すぐには走り出せなくなってしまう面々も少なからずいるのだが、その大体は無難に補給を済ませ、スタートダッシュと同等とまではいかないまでも、各自にマイペースに走り出す。
このマイペースというのが肝心で、無理をしていない分視野は広がるし、なればこそ周りを走るたくさんの同朋の中に、自然と自分と近しいペースで走る見知らぬ誰かを見つけることができるのだ。
新生活にも徐々に慣れ始めた頃、新たな友人ができ、それまでの人生と比較して加速度的に世界が広がっていくのを実感できる時期なのかもしれない。もっと言えば「自分が大学生になった」と肌感覚で理解し、充実感と開放感を獲得する時期といってもいいかもしれない。
さて、翻って私である。
例に漏れず私も東北の実家から上京――正確には都内ではないのだが、東北出身の私からしてみれば十分に「京」であった――し、そこに至るまでの一連のイベントをこなしていたわけだが、順調に走っていたのかといえば、そうではない。
もっといえば、わかりやすくホームシックを患っていた。
そのくせ最初の大型連休ですぐに帰省するなんて腑抜けていると変な意地を張っていたものだから、その連休が明けるころには余計に拗らせてしまっていた。
電車に飛び乗るか、もしくは高速バスに乗ればいいだけの、なんなら日帰りできる距離の地元が、あの頃はやけに遠くに感じていた。
そんな折に出会ったのが村瀬だった。
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