花岡 未来 ― 2 ―

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 村瀬に連れられるままに向かった先は、正門からまっすぐ進んだ先にある三号棟の一階にある学生食堂だった。放課後ということで学食は営業時間外なのだが、その隣に夜七時まで営業しているカフェスペースが併設されており、村瀬はそこに向かっていく。私もその背を追いながら前方を伺うと、その一角に十名ほどの男子学生が固まっているのが見えた。 「先輩、モデルの子見つけてきましたよ」  案の定、村瀬がその学生たちに声をかける。すると、その一団は村瀬と、その後ろに続く私を見ては「おいおいマジかよ」「まさか村瀬が一番乗りかよ」などと驚愕の声を上げている。  村瀬は一歩横にそれて背後にいる私が見えるようにしてから口を開く。 「花岡さん、うちのサークルの先輩たちです」  そんな村瀬に「はあ」と気のない返事をしながらに小さく頭を下げるとともに、私はその一団を見やった。  一見するに、彼らはみな先輩たちなのだろう。雰囲気からして私たちよりもずっと垢抜けていたし、カフェスペースでくつろぐ様子もどこか小慣れている。彼らのいるテーブルには高価そうな一眼レフカメラが数台置かれていたし、空いた椅子にはそれらを入れる重そうなバッグや三脚も見て取れた。 「ほかの一年てどうなってる? 連絡あったか?」 「いや、村瀬以外は今んとこ収穫なしだね」 「マジかぁ、全然だな今年の一年は。それじゃどうする? 他の一年来た時用に誰か残って始めちまうか?」  私の紹介があったからか、その場の私や村瀬をそっちのけに口々にやり取りが始まる。ふと横目に村瀬を伺うと、おそらくはこの場で一番の後輩である彼は口を挟むでもなく、私同様立ったままでどこか居心地悪そうに笑っている。そして、そんな彼と再び目が合ったところで「あの、村瀬さん」と小声で呼びかける。すると、気づいた村瀬はすぐに「はい、なんですか?」と同じく小声で答える。 「あの、これはどういうことですか?」 「どういうって、いや、ですからサークルの先輩たちです」 「それはさっき聞きましたけど、その、なんでこんなに一杯いるんですか?」 「え?」  そこで村瀬は一旦言葉を切ると、チラと先輩たちを伺った後、明らかに「しまった」とわかる表情を浮かべては私に向き直る。そして、バツが悪そうに話し出す。 「そういえば俺、花岡さんがすぐにオーケーしてくれたのが嬉しくて、ちゃんと説明してませんでした。すみません」  頭を下げる村瀬。ちなみにこうしている今も、村瀬曰くの先輩たちの数人は私を値踏みするようにジロジロと視線を送ってきていて、正直あまりいい気分ではない。 「花岡さんって言ったっけ? もう少ししたら他にも女の子来る予定だから、悪いんだけどちょっと待っててもらっていいかな?」  サークルの代表者なのだろうか、派手に髪を染めた一人に話しかけられる。私は目礼でそれに応え、再び村瀬に向く。すると、村瀬もそれを察して口を開く。 「今日はうちのサークル全員でポートレートの撮影会をやる予定なんです。ただ、見ての通りうちは男しかいないので、俺を含めた一年がモデルになってくれる人を探して学内で声をかけてたんです。と、いってもまだ俺しか戻ってきてませんけど」  一息にそう説明すると、村瀬はポリポリと頬を掻く。それから「だから花岡さんが来てくれて本当助かりました」とも。  対して私は、再びそこに座る諸先輩方を一瞥し、どうりで納得する。それから、確認のためにもう一度村瀬に声をかける。 「全員ってことは、村瀬さんも撮影に参加するんですか?」 「俺ですか? いえ、俺を含めた一年は撮りませんよ。今回はモデル探しと、あとは手伝いだけの予定です」  そう言って先輩たちを見やる村瀬の横顔に、「ああ、やっぱりな」と思う。この場に連れてこられた時点で、そうなのではないかという気がしていたからだ。 「本音を言うと参加したいんですけど、俺、そもそもまだ自分のカメラ持っていないんですよね」  村瀬はそう続けると照れくさそうに頭を掻き、私もそんな彼の様子に小さく笑みを返す。思えば、学内で誰かと会話をして笑うのなんていつ以来だろう? それもひとえに、私同様垢抜けない村瀬の姿と、隠しきれない東北訛りが私の気持ちをほぐしてくれていたからかもしれない。  だから、私は頭を下げる。村瀬に、その場にいる先輩たちに。  なぜって、私がモデル役を引き受けてもいいと思ったのは、それを撮るのがこの垢抜けない青年だと思っていたからだ。こんな風に、不特定多数からレンズを向けられるとは露ほども思っていない。 「村瀬さん、それに先輩方も申し訳ありません。やっぱり私、お受けできません」 「え? ちょっと花岡さん?」  隣で慌てる村瀬の声が聞こえるが、構わず頭を下げ続ける。先輩たちは何も言ってこないが、少なくともそれまで聞こえていた会話が止まったのだけはわかる。 「ごめんなさい」  それだけ言い残すと、頭も上げないままに振り返り、逃げるように学食を後にしたのだった。
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