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ポケットに手を入れ、早速にスマホを取り出す。
てっきりメッセージだと思っていたのだが、ポケットから取り出したそれはいまだ鳴り続けており、どうしてなるほど、電話の着信だ。
こんな朝早くから一体誰が? などとは思わない。なぜなら、この時間にかけてくるような相手など、思い浮かぶに一人しかいないのだから。
発信者の確認もそこそこに、通話ボタンをタップする。
「もしもし?」
「ああ未来さん? 今どこですか? もしかしてもう帰っちゃいました?」
出るなりに聞こえてくる疑問符に、やっぱりな、と小さく笑う。
「帰っちゃったというか、今まさにその途中だね。ほら、駅前の公園の向かいにコンビニあるでしょ? 今そこにいるよ」
スマホを耳に当てたまま数歩歩き、歩道脇のガードレールに腰掛ける。そんな私に、電話口から小さくため息が向けられる。
「朝飯、一緒に食べようって言ったじゃないですか」
「え? そうだっけ?」
明滅する歩行者用信号を眺めながらに、記憶を巻き戻していく。その数秒後――。
「あ」
再び聞こえるため息に、続けられる台詞。「思い出しました?」
「うん、ばっちり」
それは、ばっちり「忘れていた」であり、と同時にばっちり「思い出した」でもある。無意識かつ実に無駄なダブルミーニング。
「ごめん、引き継ぎしてたらすっかり」
ため息がもう一度。だから私は、もう一度「ごめん」と声をかける。
瞬きをやめた信号が赤に変わり、代わって自動車が行き交いだし、それをもって私はガードレールから腰を上げては車道から距離をとる。
「で、どうする?」
「そうですね、どうします?」
重ねられた問いかけに、チラと左手首の時計を確認しては考える。
「そっちは今どこ? まだお店?」
「ええ、今裏の駐輪場からかけてます」
「そっか、じゃあ私が戻ろうか?」
「いや、未来さん今コンビニですよね? 俺、今日自転車だし、そこだったら俺が行くほうが断然早いはずなんでそっち行きますよ。未来さんは適当に時間潰しててください」
「了解。じゃあ向かいの公園にいるね」
「はい、それじゃまた後で」
うん、後でね。最後にそれだけ言って、電話を切った。
今度はスーツ姿の男性が、かつかつと革靴の踵を鳴らしながら駅へと向かって歩いていく。どうしてか無意識にその背中を見送ってから、私はつい十分ほど前にも渡った横断歩道に向かうと、信号を見上げては変わるのを待った。
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