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北口の喫茶店は、国吉の言った通り早朝にも関わらず営業中であり、さらにいえば私たち以外にも数組の客がいた。とはいえ、その誰もが十分から十五分程度の滞在時間であり、おそらくは出勤前の朝食をとっていたのであろう。
そんな中、私たちはのんびり小一時間ほどモーニングという名のディナーを楽しんだ。さすがに量の面では腹八分目とは言えないが、喫茶店だけあってコーヒーに関しては満足に足るものだった。
ちなみに会計は国吉持ち。当たり前のように割り勘にしようとしたら「今日は俺が誘ったんで」と押し切られてしまった。もっとも、喫茶店のモーニングかける二で、消費税込みの千百円。このぐらいであれば、恰好をつけようとしてくれている年下には奢らせてあげるのが年上の思いやり――といったら少し鼻につくだろうか?
暖房の効いていた店内から外に出ると、温度差のせいで余計に風が冷たく感じる。
「それじゃ未来さん、この後どうします?」
コートの前を合わせてジップを引き上げていると、国吉が路地に停めていたロードバイクのチェーンロックを外しながらに話しかけてくる。
「この後? そうだね、帰ってシャワー浴びて、メイク落として布団にダイブだね」
「ダイブって、子供じゃないんだから」
「そう? たまにやると気持ちいんだよ。こう両手を広げて、うつぶせでね」
私が両手を広げて身振りで示すも、国吉は「いやいや」と苦笑している。まったく、この楽しさが理解できないとは真に残念な輩である。それに、私の場合倒れこむどころか飛び込んだってマットレスのスプリングはしっかりと跳ね返してくれる。小さいうえに軽くて良かったと思える数少ない事柄のひとつだ。
国吉が通りに出てくるのを待って、歩き出す。そして、そんな私に国吉も付いてくる。
当然、特に予定のない私の向かう先は自宅である私のアパートだ。でも、国吉は違う。国吉の最寄り駅はここより数駅先であり、さらにいえば、その方角は全くの逆方向だ。
パタパタと早足になった国吉が隣に並ぶ。
「あの、未来さん?」
「ん? ああ、お疲れ様。さっきはご飯、ありがとね」
「ああ、はい。いやあのくらいだったら別に――て、そうじゃなくて」
本当のところをいうと国吉が私に何を言いたいのかはとっくに察しがついているのだが、生憎とそれをこちらから言ってあげるほど、私は優しい女じゃない。
「その、未来さんはもう帰るんですよね?」
「そうだよ、ほら、寒いしね」
「だったら、その」僅かに口ごもる。「俺も、未来さんの部屋行っていいですか?」
うん、思った通り。自然、口元が緩む。だが、言うことは言わなければならない。
「私は特に予定ないけど、今日は平日だよ? 君、学校はどうするの?」
「それなら大丈夫っす。俺、今日は講義三限からなんで」
満面の笑みを見せる国吉だが、対する私は思わずため息をついてしまう。
「三限って、午後イチじゃん。それだと私の部屋来たら寝る時間全然無くなっちゃうよ?」
「そこはほら、気合で。それに俺、明日はシフト入ってないんで」
つまりは多少徹夜に近いぐらいの無理をしたって大丈夫、ということなのだろう。若いというか馬鹿というか、果たして私が国吉の年齢だった時もこんな感じだったのだろうかと考えてしまう。
そうこうしているうちにも駅前を抜け、つまりは私のアパートが近づいてくる。当然国吉も一緒であり、私としては今日はそんなつもりではなかったのだが、なんだか段々と「まあいいか」といった気分になってくる。それに、国吉からしてみればむしろ食事の誘いが口実であり、今のお願いこそが本命なのだろう。
ふう、と小さく息を吐く。
「いいけど、お酒は無しだからね?」
結局のところ、私は押しに弱いのだ。
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