花岡 未来 ― 1 ―

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 ひどい不快感から目を覚ますと、既に部屋は暗かった。  喉奥が張り付くかのように乾いていて、息を吸うにも意識して喉を広げてやらないといけない。それでいて覚醒には程遠い頭のままに身を起こすと、思わぬ寒さにぶるりと体が震え、反射的に布団を掻き抱く。それから部屋を見渡し、ようやく理解する。  どうやら私は、国吉が出て行ったその後、半ば意識を失うように寝てしまっていたらしい。そして、それから数時間――つまりは今、目を覚ましたわけだ。どうしてなるほど、ひどい喉の渇きにも、それならば得心がいく。  寝ぐせでぼさぼさになった頭をガシガシと掻いてはテーブルに手を伸ばし、エアコンのリモコンを手探りで掴んで暖房を入れる。それが一呼吸おいてから温風を吐き出すのを待って、ベッドから這い出るように体をずらしては、手を伸ばして床に散らばった衣服を探す。  とりあえず手に取ったTシャツを身に着けては、ようやくベッドから降りる。事後の後にそのまま寝てしまったとあって、寝起きにも関わらず体はだるいし、汗やら何やらを流していないこともあって体中べたべたしている。  まずはシャワーを――いや、その前に何か飲みたい。  電気も点けないままに立ち上がっては部屋を出て、冷蔵庫を開ける。途端、流れ出した冷気がむき出しの下半身に触れては足を震わせる。  冷蔵庫を開けてまず目についたのは缶チューハイだったのだが、さすがに今は気分ではない。なので、サイドポケットのミネラルウォーターを手に取り、そのままラッパ飲みで一口、二口と飲み下す。その度に寝起きの喉が、食道が、胃が冷たさに驚いているが、それすら構わずに流し込む。  五百ミリリットル入りペットボトルの半分ほどを一息で飲み干し、大きく息をつく。急に冷たいものを飲んだ反動か、冷えているはずなのに、体が火照っているような感覚になる。とはいえ、おかげで随分と意識も冴えてきた。  ペットボトルをサイドポケットに戻し、冷蔵庫の扉を閉めようとして、ふと手が止まる。  今、部屋の電気は点けておらず、キッチンのある廊下も同様だ。そのため、明かりらしい明かりは冷蔵庫の庫内を照らす白色のLEDだけであり、そして、漏れ出た光はその前に立つ私の、それも主に下半身を照らしている。  私はといえば身に着けているのは寝間着代わりのTシャツ一枚で、下半身は裸のままだ。暗闇に浮かび上がるそれは、夜型の生活もあってか不健康さを感じる程度に白く、運動もまるでしていないとあってはただただ細い。無駄な贅肉がついていないのがまだ救いといえるだろう。それでいて、その両足をたどった先で唐突に黒々と茂った陰毛が嫌に滑稽に思えてくる。  気が付けば左手がそこにあり、モシャモシャと指先に巻いてみる。この後にシャワーを浴びるというのも相まって、いっそ全部剃ってしまおうかとも考える。  冷蔵庫の扉を閉め、湯沸かしの電源を入れてから、浴室の扉を開ける。蛇口を捻ってもすぐにお湯は出ないので、先に出しておくのだ。そして、部屋に戻って着替えを用意したのち、シャワーのお湯が十分に温まっているのを確認してから服を――といっても一枚だけだが――脱ぐ。きっと、シャワーを浴び終えるまでには、先ほどつけた暖房で部屋も十分に温まってくれるだろう。  頭からシャワーを浴び、次いで体の隅々を洗い流していく。寒さと疲れで固まった筋肉をほぐすように丁寧に温めていく。特に胸に張りを感じるが、これは疲れというよりは国吉のせいだろう。  自慢じゃないが、私の胸は小さい。  体格に見合った、といえば聞こえはよいが、決して見栄えのするサイズではない。さすがに貧しくはないと思いたいが、どうよく言っても控えめであることに疑いの余地はなく、一応ブラはBカップ用を着けているものの、デザインによっては緩く感じてしまう時があるし、きちんと測り直したらあるいは、といったところである。  だからこそ、これのなにがいいのだろう? 掴めるほどに膨らんでいないそれに手を添えては持ち上げ、考える。正直私くらいに自己主張が控えめだと、仰向けに寝転がると丘はどこかに行ってしまう。とはいえ十年前なら、あるいは――いや、これ以上考えるのはよそう。  なのに、国吉はこれがいいのだという。初めの頃こそお世辞なのかと思っていたが、毎回のように張りが出るほどに触れられると、さすがにそれが本心で言っているのだと本能的にも理解できてしまう。  シャワーを胸元に当てつつ、両の掌でどうにか寄せてみるものの、それでもしかし谷間には程遠い。そんな私の目の前には鏡があって、そこには今、必死に胸を寄せる私の首から下が映り込んでいて、なるほど、見ようによっては私の実年齢よりはるかに若く見えなくもない。というより、線の細さも相まって、ともすれば幼いといえるような体つきかもしれない。  それとなく浴室内に据え付けの棚に目を落とすと、シャンプーやトリートメントの他に、ムダ毛処理用のカミソリが置かれている。  次いで私の視線は自分の下半身、具体的には陰毛に向かい、数秒ほどの思案をもって再び正面の鏡へと戻ってくる。  ざあざあと降りかかり続けるシャワーに、胸を寄せる私。それから一つため息をつくと、少なくとも国吉と関係を持ち続けている間に関しては、陰毛を剃るのはやめておこうと思うのだった。
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