花岡 未来 ― 1 ―

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 午後九時半過ぎ、一通りの支度を済ませて部屋を出る。  時刻は寝静まるにはまだ早いものの、とはいえ住宅地は人通りもなくひっそりとしている。それでも駅が近づくにつれ、一人、また一人とすれ違っていく。おそらくは皆家路につくところなのだろう、レジ袋を持っている姿も多い。  駅前までやってくるとこの時間でもかなり明るく、平日でも人手はかなりみられる。そこはさすがに急行停車駅といったところだろうか。  その人波に逆らうように歩を進め、駅前通りの横断歩道を渡り、階段を上がって駅前広場のペデストリアンデッキに上がる。横目に伺った改札は今も人を吐き出し続けていて、その誰とも知らないたくさんの人たちを見るたびに、私もまたこの町に住む数多の人たちにとっての、その他大勢の一人に過ぎないのだろうな、という妙な感傷を抱いてしまう。  このペデストリアンデッキはJRと私鉄を乗り換える際の導線になっていて、電車の運行時間中はとりわけ人通りが多くなっている。私はその流れを避けるように端によって歩き、そのままデッキ上に設けられたファミリーレストランの店舗入り口のドアを開ける。  開けると同時にドアベルが鳴り、ほどなくフロア奥からウェイトレスが歩いてくる。 「いらっしゃいませー……て、花岡さんか。おはようございます」  私を認めるや営業用から素の表情に戻るバイト仲間に、私も「うん、おはよう」と挨拶をする。 「今お客さんは?」 「十番卓にカップルが一組だけです。なので、出てくるののんびりでいいですよ」  そんなやり取りののち、ひらひらと片手を振っては笑顔でフロアへと戻っていく。私もそれを見送ってはバックヤードへと入っていく。    誰もいない休憩室の電気を点けてから、女子更衣室へと向かう。それから手早くユニフォームに着替え、前髪を大きく分けてヘアピンで留める。髪をロングにしている子たちは後ろで束ねる規則があるのだが、もうここ何年もショートカット一本やりの私の場合、その必要はないので後は鏡でチェックするだけでOKだ。襟元のリボンは息苦しいので、それだけはフロアに出る寸前まで結ばずにいるのもいつものことだ。  着替えを済ませたら再び休憩室に戻り、パイプ椅子に腰かける。シフトの十時まではあと二十分ほどあり、フロアも忙しくないとあってはしばらくのんびりできそうだ。  テーブルの中央に置かれた灰皿をずずい、と引き寄せ、とりあえずの一服に火を点ける。昨年から店舗内は全面禁煙になったにも関わらず、この休憩室から灰皿が撤去される気配はない。果たしてそれでいいのか? そう思わないでもないが、私としては今の方が都合がいいのであえて何も言わずにいる。ちなみに灰皿の脇にはどういうわけだか常に個包装の飴玉がストックされていて、誰が補充しているのかわからないが切らしているのを見たことがない。さらに言えば、私は毎回フロアに出る前、エチケットもかねて一つ拝借させてもらっている。  
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