bull shit

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隆の乗るスクーターが尻無川沿いの倉庫に吸い込まれる、9月の残暑を過ぎ 昨日の台風一過の10月某日 蝉の声はいつの間にやら虫の声に変わり気候はすごし易い秋へと確実に向かい 日没も日々早くなっている、倉庫街では日勤を終えた人々が慌ただしく各々帰路に ついている、この地域には公共交通機関がなくクルマやバイク、ある者は自転車 そのほかの者は企業の用意したバスに乗り最寄り駅へと運ばれていた 隆は『三共倉庫』でリフトマンをしている、リフトマンとはフォークリフトに乗り 倉庫から荷物を運び出しトラックに積込む、もしくは逆にトラックから荷物を 降ろすと倉庫に運び込む、そんな業務内容だった そしてこの倉庫街は住宅街から遠く離れており深夜でもなんの問題もなく作業が できた、その恩恵か被害者なのかはわからないが隆はその倉庫街の一角で早朝まで 非正規雇用のリフトマンとして過ごしていた 隆は駐輪場にスクーターを停めると軽く作業着を両手で叩き事務所のあるビルに 向かった、ビルのエントランスでは先程と同じく帰路を急ぐ者達とすれ違い 隆は啄木鳥の様にペコペコと会釈しながら奥に進んだ 事務室のある3階まで行くと先程の喧騒とは真逆に静まり返り、事務室内から 聞こえてくるのはレーザープリンターの音だけだった、事務室内は奥行きが 20メートル程あり整然とデスクが並んでいたが人はほとんど居らず一番奥の デスクに課長が1人電話を掛けているだけだ、その課長が隆に気付くと 受話器は持ったまま逆の手を軽く挙げ、続いてそこそこと指を指し隆の目の前に あるカウンター上にある書類を見ろと挨拶と指示、無言で両方をこなした 隆はその書類を取り上げると、今度はお返しとばかりに書類の両端を物々しく 両手で掴むと表彰状を受け取るが如く深々と一礼した、奥のデスクで課長が 笑ってくれたかどうかなど確認もせずに隆は事務室を後にした 隆は階段を降りながら書類に目を通した、この書類は今晩の入庫と出庫が記され ており内容と数量、それに出庫用の専用伝票が挟まれており書類はバインダーに 伝票はクリアボックスにしまい込んだ 2階の踊り場で女性の方から 「佐藤くんお疲れ様」 と声を掛けられた、隆は書類から目を切り女性に会釈をしたが当の女性は 隆の反応など興味がないように足早に階段を駆け降りていった 何なんだと微妙な顔つきで女性を目で追った隆だったが、隆は人の顔と名前が 覚えられないという人として致命的な欠陥があり、この場合足早に立ち去って もらった方が隆の為にも好都合だった、無論その女性の名前も知らなければ 見たこともない、様に思われたが実際何度も挨拶は交わしていたし何なら隆達の 事務方の長でもあった まぁ非正規雇用に出世は関係ないし、派遣の引き抜きは御法度で長に気に入られた ところであったが先輩からは『人として』とよくいじられていた 隆がエントランスを出ると既に大型トラックが2台ホームに接岸しており運転席 ではドライバーがひと時の休息をとっていた、とりあえず隆はホームとは逆方向に ある『ライトスタッフ』の詰所に向かう、『ライトスタッフ』とは隆達の勤める 派遣業社の名前である 『三共倉庫』の立派な事務所ビルとは正反対に『ライトスタッフ』の詰所は 20フィートコンテナに窓と入口を取り付けた¨THE 詰所¨というか物置と言った方が 最適だった、詰所と言えばプレハブ小屋辺りだろうがリース料がどうのこうので 買取の20フィートコンテナ、しかも内装は歴代の先輩方々が自分たちでコツコツ 施行したという、『三共倉庫』に入って12年、かなりの経費削減になっただろうが 給与に返ってくることはなかった 隆はファイルを長机に投げやるとパイプ椅子に座りタバコに火をつけ缶コーヒーの タブを引き上げた 『ライトスタッフ』の夜勤は隆のワンオペ、最近はこんな仕事でもタバコを 吸わないヤツも多い、と言うか『三共倉庫』は構内禁煙で指定の喫煙場所以外での 喫煙はペナルティーの対象だった、ペナルティーと言ってもそれは社員向けで 隆達、非正規労働者は即、出禁、ではあるのだが結局のとこ時間の経過で馴れ合い となり煙たがるやつもいないこの時間帯は隆の勝手な解釈で喫煙可となる、 実際取り締まるべき先程の課長もたまにこの詰所にやって来てはタバコを吸い 隆とのくだらない話で暇を潰しにやってくる 隆は胸ポケットから携帯を取り出すと時間を確認し飲みかけの缶コーヒーを コンっと長机におき詰所を後にした
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