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第3話
専門学校の授業が終わったら、今日もダッシュでカラオケボックスのバイトだ。
週3でコンビニの深夜バイト、週3でカラオケボックスのバイト、日曜日は不定期で引越し屋のバイトも入れている。学費を賄えるくらいの収入にはなってるけど、僕にはもっと稼がなきゃいけない理由がある。
─ドラムセットが欲しい
母さんには技術系の専門学校とだけ言ってある。大学進学を蹴った時点で母さんには呆れられているから、これ以上心配はかけたくない。学費は全部自分持ちという条件で、専門学校に通うことを認めてもらった。
いつかアーティストの後ろでドラムを叩く人間になりたい。プロのミュージシャンになりたい。高校の時に諦めかけた夢を、僕は母さんに内緒でまた追いかけている。
高3の夏休み、部屋で試験勉強中に何気なく動画アプリをバックグラウンド再生していた時のことだった。
「Asioの曲を聴いて下さい!Any song is ours!」
ずいぶん素人っぽい曲紹介だなと思ったその瞬間、僕は耳を疑った。4音のハーモニーが小さな動画から洪水のように溢れてきた。
僕はあわててバックグラウンドを切り替えて動画のサムネイルを大きく表示させた。
そこにはスタジオらしき場所で、マイクを中心に4人の男性が歌っている映像が流れていた。しばらく聴いてると、ハーフっぽい顔立ちの薄い金髪の人がメイン、1番背が高くて短髪の人が低音、毛先を赤く染めてる華奢な感じの人が高音、前髪を無造作に上げている黒縁眼鏡の人がたぶん真ん中あたりを歌ってるようだった。
(メガネの人のパートをもっと聴き取りたい)
音量を上げてみたけど、動画の編集のせいなのかノイズに紛れてしまう。
(でもなんだろう、物凄く惹かれる)
何回も再生しては、食い入るように見つめた。
どんな歌も俺達のもの。そう言い切る彼等の楽しそうな表情は、僕に向かって
『君は君だけの何かを見つけたか?』
と問い掛けているようだった。
そうだ。僕の夢は僕だけのものだ。
この時、僕の運命が動き出したのを感じたんだ。
(今日はいつもよりお客さんの入りが悪いな)
部屋の清掃、備品の補充、やることはやったけど暇を持て余す。カウンターで入室状況をチェックしたが、見事に空いている部屋ばかりだ。
と、自動ドアが開いて、人が入ってきたことを示すランプが点灯した。
「いらっしゃいませ」
僕はいつものようにお客さんに書いてもらう用紙の準備をしながらマニュアル通りの挨拶をして、顔を上げた。
「何名様です…か…」
え…、ええっ!?ええええっ!?
僕は目の前の状況に頭がついていっていなかった。
僕のいるカウンターに近寄って来るのは、僕が動画で毎日観ている、つい今しがたまで思いを巡らせていた、まさにその人達…だったからだ。
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