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第2話
大事な物が、僕の目の前でバラバラに壊れた。
父さんが残していったドラムセットは、母さんにとっては裏切りの象徴以外の何物でもなかったんだろう。
「和音、あんたまで裏切る気?こんなもの!こんなものッッ!!!」
僕の父さんは有名な音楽事務所に所属しているスタジオドラマーだ。僕が中学3年の時、父さんは同じ音楽事務所の女性ピアニストと不倫をし、母さんと離婚した。
母さんは淡々と必要な書類を揃え、手続きを済ませ、愚痴を言うことなく女手一つで僕を高校に入れてくれた。男女間のことは分からないけど、その頃の母さんに悪いところはなかったと思うし、父さんも僕にとってはいい父さんだった。
父さんのドラムは有名なヴィジュアル系ロックバンドのリーダーが使用しているのと同じモデルで、父さんはいつもそれを自慢していた。
僕が触らせてもらえるようになったのは小学校6年の時で、初めてスティックでスネアを叩いた時の痺れるような感覚は今でも忘れられない。
それから僕はドラムに夢中になった。幸いなことに防音設備のある家だったから、学校から帰ってきて宿題を急いで済ませたら、あとは好きなだけ防音室にこもって叩きまくっていた。
父さんは自分で身に付けろと言って何一つ教えてくれなかったから、父さんが参加したアーティストのCDを聴きまくったり、好きなバンドの録画を観まくって独学で勉強した。
父さんは家を出る時、ドラムセットを置いて行った。せめてもの僕への償いだったのかもしれない。
僕は父さんが居なくなっても毎日ドラムを叩いていた。高1の文化祭では軽音部としてステージも経験した。父さんとは会えなくても、ドラムで繋がっている気がして。
「ただいまぁ。なんか飲み物ある?」
いつも通り部活を終えて帰宅した僕は、母さんがダイニングテーブルに伏しているのを目にした。
「どうしたの母さん、具合悪いなら僕が夕飯つく…」
「和音、」
いつもとは違う枯れたような声に、僕はビクッとした。
「あんた、いつまでドラム続ける気?」
「え?」
「いつまであの煩い楽器叩いてるのよ!私もう我慢の限界よ!」
母さんはそう叫ぶと、防音室のドアを開け、ドラムセットを力任せに引き倒した。
「こんなもの!壊れちまえ!!」
鬼のような形相でドラムセットを蹴飛ばす母さんの姿に、僕は立ち尽くすしかなかった。僕の目の前でドラムセットが壊れていく。それは、母さんがずっと押し殺してきた感情なのだろうと思った。
僕は母さんを止めることもせず、大事な物が壊れていくのをただじっと見つめていた。
僕は軽音部を辞め、ドラマーになりたいという夢を口にするのを止めた。
高2,高3とただなんとなく学校へ行って推薦される大学の中から志望校を選んで…と流されるように日々を過ごしていた時、
──彼等に、出逢った。
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