今、どこですか? って聞かないで

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「今、どちらですか?」  メールの通知音が鳴る。  言えない。  トイレだなんて。  多分、今朝食べた、昨日の残りの煮物が悪かったんだ。  涼しくなったからって、四日間、鍋に放置したものを食べたのがいけなかったのか。  でも、お腹の方はすぐに治まったんだ。  薬も飲んだし、午後からのプレゼンには十分間に合うはずだった。  なんで、ドアの鍵が壊れるんだ。  恥ずかしいからって、普段、人が行かないような倉庫のトイレにするんじゃなかった。  さっきから、他の奴らに電話をガンガンかけてるのに、なんで、奴らは気づかない。  そして、なんで、連絡はあの子からしか来ないんだ。  営業部のまなみちゃん。  他の連中も狙ってるけど、多分、俺との仲が、一馬身先を行ってる。  今、一番、カッコつけたいときなんだよ!  俺は、トイレなんか行かないの! おならもしないの!  カッコイイ人なんです!  やばい、脂汗が出てきた。  違う、そっちじゃない。腹じゃない。お前はもういい。  こっちの冷や汗だ。もう、午後が始まる。  今日のプレゼンの為に、スーツもネクタイも新調したし、ワイシャツもアイロンをかけた。  皺や埃も念入りに確認した。髪型もバッチリだ。  まなみちゃんがプレゼンするんだぞ。  俺は、なりふり構わず、ドアをガチャガチャさせてみた。 「緊張してますけど、頑張ります。準備整いました」  ありがとう、まなみちゃん。  結婚してくれ。    仕方がない。  俺は恥を忍んで、声を上げてみた。  ドアをガチャガチャとさせるのも忘れない。 「す、すいませんんんん、誰か、いませんかぁぁ」  ガチャッと。急にドアが開いた。 「ひゃぁ、社長さんじゃないですか! どしたんですか、こんなとこで」  掃除のおばちゃんが、でっかいコンテナを退かして立っていた。    ああ。  引っかかってただけね。  
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