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Case 1ー9
龍之介が真剣な様子で新聞と睨みあいをする間に、無愛想な店員が料理を黙々と運んでくる。
「自分、思うんですけどね。この時間帯の店員さんって、ちょっと無愛想な人多いような気がしませんか? 作戦なんですかね?」
鬼海は向かい合うユキの前の、置かれたばかりのパスタランチのセットについているサラダにちらちらと視線を送りながら言った。
「……鬼海さん、食べたいんですね? このサラダ? どうぞ、良いですよ。……作戦って何の作戦ですか?」
嬉しそうに小さなガラス容器のサラダを引き寄せると、鬼海はいただきます、と両手を軽く合わせてフォークを使って食べ始める。
「……んん?」
もぐもぐと口を動かしながら片手を上げた。少し待て、の合図らしい。
ユキはドリンクのグラスに口をつける。鬼海に言わせるところ何やら作戦持ちの店員は、続いて龍之介のオムライスを運んで来た。無言でサーブすると、軽い会釈をしてテーブルを離れる。
龍之介の前に置かれた皿を覗き込みながら、鬼海が呟いた。
「自分はデミグラスソースに浮かぶオムライスよりも、薄い卵で包まれたオムライスの上にケチャップとかトマトソースのほうが好きなんですよねー」
「……鬼海さん、よほどお腹が空いているんですね?」
あっという間に空になった掌サイズのガラス容器を、鬼海は物足りなそうに見ている。
「それよりも作戦って、教えて下さい」
「知りたいんですね? ユキさん……良いでしょう。それはですねー。午前中は静かにしましょう作戦ですよ」
片腕を軽くテーブルに身を乗りだすようにして、鬼海はやたらと物の分かった人物的雰囲気を醸し出しながら言い切った。その時。
いらっしゃいまっせーぇ?
何名様ですかぁー?
底抜けに明るく、よく通る愛想の良い声が店内に響き渡った。
「……鬼海さん?」
「あ、ユキさん。ユキさんのボロネーゼ来ましたよ? 残りはチーフと自分の勝負ですね。よーし、負けないゾー」
ユキはフォークを手に取りながら、ちらりと冷めた目で鬼海を見る。
「……お先にいただきます。龍之介くん、食べてしまってからにしましょう? チーフ、良いですよね?」
黙って外の景色を見ていた倉部は、自分が置かれている状況に気づくまでに一瞬、時間を要した。
「あ、あぁ悪い。……龍之介、食べてからにしよう。ユキ、ありがとう」
いえ、と言いながらユキは、鬼海の視線を痛いほど感じつつフォークにパスタを絡めていく。それを口に持っていこうとして動きを止めた。
「……ひと口、食べますか?」
「ユッっユキさん……! 良いんですか?」
あーん、と鬼海が口を大きく開いたその時、テーブルに影が差した。
お待たせ致しました。
以上で、お揃いでしょうか?
無愛想というよりも、むしろ無情だ、と鬼海は思う。
「同時だったな。……どうした? 鬼海。そんなにデカい口開けて何を驚く?」
「倉部さん……。食べましょう」
気を取り直した鬼海は、隣に座る倉部に箸を手渡すと、自らの皿に載せられたチキンソテーと根菜の入った和風ラタトゥイユとやらのワンプレートランチに目を落とした。
「鬼海、迷って結局それか? 俺はその雑穀米ってやつ、あんまり好きじゃないな」
「チーフ、それ以上は……」
ユキがやんわりと押し留めた。
「良いんです……自分はいつも悩んで、悩んで……ハンバーグにすれば良かった」
ぽつりと呟き、ひと口目を頬張った鬼海は無言で食べ進めてゆく。
「だから、俺は日替わりを選ぶ」
少し勝ち誇った様子で、倉部は味噌汁の蓋を開ける。
「ワカメと豆腐か……」
ユキはそんな2人の様子を見るともなしに見ながら、先ほどからずっと龍之介が黙ったままであることを心配していた。
さりげなく隣に座る龍之介の様子を窺えば、当の本人は周囲に気を取られることもなく、黙々とオムライスを口に運んでいる。
心配しすぎちゃったかな。
ユキはパスタをフォークに巻きつける作業が好きだった。毛糸を巻き取り毛玉にしていくのに似ている、と思う。どんどん大きくなる。どんどん、どんどん。
無心になってフォークをくるくると動かす。無心になっている間が、ユキにとっていちばんの寛ぎのひと時だった。
「ユキはいつもスパゲティだな」
「パスタ、ですよねー? ユキさん」
「うーん……どっちでも良いです」
お腹が満たされて機嫌の直った鬼海が、またメニューを覗く。
「口直しに甘いものでも食べようっと。ユキさんも食べます? あ、パスタランチのセットにはレモンゼリーが付いてるのか……。とすると……龍之介くん、甘いの食べる?」
皿を綺麗に浚さらうようにスプーンでオムライスの最後のひと口を入れた龍之介は、鬼海を見て頷く。
「よしよし、仲間よ。共にゆかん」
鬼海がホクホクと笑み崩れているところに、食べ終えた倉部が言った。
「答え合わせは出来たか?」
「……はい。僕たちが行ったあの並行世界は、同じ時間軸にあると思います。というのも、新聞に書かれている西暦が現在と同じ二〇一九年だったということから推測出来ます。けれど、ちょっと違うのは和暦です」
龍之介はテーブルの上の皿をずらすと、背中に追いやっていた新聞を広げて見せた。
指差しているのは西暦の後ろに括弧の中で囲まれた和暦だ。
「……平成三十一年ですよね。僕が向こうで見た新聞は『平成三十年』でした」
「つまり……」
龍之介は頷く。
「昭和が一年長く続いた世界、です」
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