11人が本棚に入れています
本棚に追加
Case 1ー2
どのくらいの時間だっただろう。
ほんの数分がまるで、何時間のようにも思えた。
熊谷ユキと鬼海が黙って向かい合っていたその恐ろしいまでの沈黙を破ったのは、事務所に文字通り飛び込んで来た倉部であった。
倉部の背後うしろには、すらりとした背の年若い青年の姿が見える。
「悪い。駅で待ち合わせしていたら、遅くなった。今日から事務所に来てくれることになった久原龍之介くんだ。みんなよろしく頼む」
倉部が言い終えるか終えないうちに、再び事務所の電話が鳴った。
間髪入れずに、鬼海が出る。
「はい。分かりました」
ユキは鬼海の表情の奥に、喜びと思われるものを見た。
何を見つけたの?
「柴崎さんが、防犯カメラの映像を送ってくれるそうです」
事務所内が響めく。
鬼海のデスクに置かれたパソコンに皆の視線が集まった。
倉部や鬼海がデスクに覆い被さるようにしているのとは反対に、ユキは鬼海がパソコンを操作し、画面を呼び出すのを一歩後ろに下がって見る。
同じように少し離れたところに立つ、龍之介の姿があった。
ユキは思わず、龍之介を観察してしまう。
背の高い方だろう。
姿勢が良く、穏やかな印象。
光に透ける薄い髪の色はおそらく、染めたものではなく地毛だろう。触れば柔らかそうな感じで、色白な肌によく馴染んでいる。
ひとことで言えば、その辺でよく見かけるありふれた若い子。
……周囲に溶け込むことを意識している?
視線を感じたのか、龍之介がユキの方を見てぺこりと頭を下げた。
ユキも同じように頭を下げて、微笑む。
「見て下さい! ほら、このところ!」
鬼海の声にパソコンへと視線を戻せば、画面に向け差す指の先に、ランドセルを背負った女の子が一人歩いていた。
どうやらこの映像は、コンビニの向かいにある防犯カメラのようだ。
画面の右から左。
水色のランドセルを背負った女の子が一人、歩いている。
道路を行き交う車はない。
どうやら車通りの少ない道路らしい。
コンビニの駐車場には二台の車が、入り口を挟んで画面左側付近と右側、これは入り口側そばの駐車スペース、に離れて停められている。
歩道を歩く女の子。
画面中央を過ぎた辺りで、何かに気を取られたように不意に立ち止まる。
車でも来るのか?
いや、足元を覗き込むようにしている。
画面左側から一台の車。
車が画面を横切った。
そのたった、一瞬。
歩道に人影がなくなる。
――女の子が消えていた。
画面を見ていた皆が、それまで詰めていた息を吐き出す。
「……別の角度は?」
倉部の声に、鬼海が一呼吸遅れて答えた。
「コンビニの方、店舗入り口付近に付いている外向きのカメラの画像があります」
「出せ」
今度は画面の左から右に歩いて来る、水色のランドセルの女の子。
順調に歩みを進め、やはり不意に止まる。
立ち止まった場所が悪いのか、カメラの位置が悪いのか、駐車場にある車が邪魔して女の子のランドセルと頭の一部しか見えない。
その時、ランドセルがお辞儀をした時のような動きをする。
足元を覗き込む動作だ。
駐車されている車の影になり、ランドセルの端がかろうじて見え隠れしている。
道路の方、画面の右から左に一台の車が通過する。
先ほどの防犯カメラの映像では、この車の通過した後に女の子の姿が消えていた。
画面、これといった変化なし。
歩道の女の子が移動している様子無し。
今やランドセルの一部も見えない。
コンビニから出てくる男性。
右側、先程見た防犯カメラでは左端に駐車されていた車、に乗り込む。
程なくして発進。
女の子の姿は依然として無し。
やはり消えていた。
それはまさに女の子が消えた、としか言いようのない映像だった。
「この発進した車、バックで駐車してあって前進で出てったよな? ドライブレコーダーの映像は無いのか?」
「……問い合わせてみます」
鬼海が柴崎に確認したところ、その映像は協力出来ないが、男性の証言内容を教えてもらうことが出来た。
「どうやらこの人、コンビニから出て車に乗って発進する時まで、誰も見なかったと言っているそうです」
「ドライブレコーダーの押収が出来てないのか?」
「いえ、押収はしてあるみたいなんですけど、それを見る権利うんぬんの問題で……」
倉部が毒吐く。
「バカな」
「……水溜り、だ」
その耳慣れない声に驚き、ユキは龍之介の方を見遣る。倉部も、鬼海も振り返るようにして龍之介を見た。
周りが見えていないのか、龍之介は画面に魅せられている。
「いちばん最初の映像に戻して下さい。ストップ、止めて下さい……ほら、ここ。地面に何か反射してます」
その剣幕に押されるように、鬼海が龍之介の指示を受けて画面の操作をした。
龍之介の細い指が、画面を指差す。
そこはコンビニの入り口付近。
「これを水溜りと考えると、ここ。この歩道の暗くなって見えるこの部分と、ここもまた、そうです」
最後に指を示した部分は、女の子が立ち止まったと思われる付近だった。
「すみません。映像を動かしてもらえますか?」
龍之介の指は、画面に置かれたまま。
再び女の子が立ち止まる。
「……ストップ」
映像が止まる。
画面の中、女の子も立ち止まっていた。龍之介の指のすぐ後ろで。
「水溜りを、覗き込んでいるんですよ」
ユキは、立っていられない程の目眩を感じた。
最初のコメントを投稿しよう!