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『月収三十万円。住居有り、三食昼寝付き。ただし、一か月以内に県外から転入された方に限る』
伊達山尚人【だてやまなおと】は、電柱に貼られた手書きの求人情報に目を奪われた。尚人は一週間前に県外から移住してきた転入者である。
前職はホテルでベルボーイをしていたが、先輩達が宿泊客の小銭やら金品を度々懐に忍ばせているのを知ってしまい、迷った挙句退職を決意した。ばれるのも時間の問題であるし、若手の尚人に罪を被せられても困る。厄介なことに巻き込まれる前に辞めてしまおうと思い、さっさと辞表を提出した。
とはいえ、尚人は現在二十五歳。大学を出てまだ三年と、ベルボーイとしてもこれからが期待できる精鋭であったはずである。思い切って退職を決めたものの、次の仕事が見つからない。せっかくなので、住み慣れた地元を出て新しい職場を探そうと、勇んで引っ越しを決めたのがここの土地である。尚人には何の縁もゆかりもない。ただ治安が良さそうなのと、実家までさほど離れていないというだけの理由で転居を決めた。
転入届を出してちょうど一週間、そろそろアルバイトでもいいから職を決めなければと思った矢先に見つけた貼り紙である。
「うさんくさい」というのが正直な感想だった。しかし住居有りというのはかなり魅力的に思える。尚人は駅前のマンスリーマンションと契約をして住みだしたばかりだった。
三食昼寝付きで月収三十万円か。一か月以内に県外から転入した者でないといけない理由はよく分からないが、条件としては今の尚人には当てはまる。この不景気に月収三十万円に心が揺らぐ。
面接だけ行ってみてやばそうだと思ったら辞退すればいいかな、と気軽な気持ちで、左端に書いてある番号に電話を掛けた。
「こっちに引っ越してきたのはいつ?」
「……一週間前です」
「どうしてここに引っ越したの?」
「仕事を辞めたので、気分を変えたくて引っ越しを決めました」
「何の仕事をしていたの?」
「ホテルのベルボーイです」
「……へぇ。ってことは子供の相手とかもしてた?」
「……はぁ、遊園地が併設されたホテルでしたので、家族層が多く、子供も多かったと思いますが……」
これが一体面接と何が関係あるのだろうか。大人でも手に負えないようなやばい子供の子守をさせられるとかは勘弁してほしい。
「今、何歳?」
「二十五歳です」
「子供は? 独身?」
「子供はいません。なので独身です。彼女もいません」
「彼女はいてもいなくてもどうでもいいわ。住み込みで働ける?」どうでもいいはひどくないか、と軽く傷ついたが面接なのでそこは黙っておく。
「マンスリーを契約してしまいましたが、解約手続きはできるかと……」
「……なるほど」
今、尚人は面接を受けている。遡ること二時間前、尚人が貼り紙にある番号に面接希望だと告げると、ハスキーな声の女が「すぐ面接に来れる? 履歴書はいらない。服装もそのままでいい」と言ってきた。
何から何までますますうさんくさいと思ったが、ここまで来るとどんな仕事なのか逆に気になる。尚人は「ではすぐ向かいます」と電話を切り、地図アプリを開いて女が指定する面接場所に足を運んだ。
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