偽りのタイガーマスク

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 面接場所は会社ではなく一軒の大きなお屋敷だった。  表札に「花京院」とある。女は「かきょういんの屋敷に着いたらまっすぐ進み、奥にある【水連の間】で待つように」と言っていた。  尚人は「かきょういん」がどういう文字を書くのか分からず、聞こうと思ったが、電話は一方的に切られてしまった。ひとまず行ってみて分からなければまた聞けばいいかと思い、目的地に向かった。一時間ほど電車と徒歩を使って来た場所が、この「花京院」の屋敷であった。    立派な鉄製の門は重厚感があり、見た目だけではなく、押した感じもとても重たい。石畳の続くアプローチを進むと玄関扉が開いていた。ここに誰かいるのかと思い、そうっと足を踏み入れたが誰もいない。近くに人の気配はなく静まり返っている。本当にここで合っているのか、何かとんでもない犯罪の片棒を担がされているのでは……、そんな思いがよぎる。きょろきょろと周りを見渡すと、尚人の視線は玄関の上り框に自然に吸い寄せられた。そこには『水連の間は奥』と手書きのメモが置かれていた。尚人の他に応募者がいるのか、それとも尚人宛てに置いてくれたのか、さりげない親切心を頼りに水連の間を目指して歩いた。  板張りの廊下は年季が入っているものの入念に磨き上げられている。屋敷は半世紀以上の歴史を感じさせる古い造りだったが、とても丁寧に手入れがされていた。主はどんな人なのか。さっきの電話の女は一体何なのか。考えていると水連の間に着いた。ここに辿り着くまでに結局誰ともすれ違っていない。シンと静まり返っていた。不安で喉の渇きすら感じるようになっていた。  襖を開けると、十二畳ほどの和室に漆塗りの机と、座布団が向かい合わせに二枚。部屋にあるのはそれだけだった。迷った挙句、尚人は入口に近い方の下座に正座した。座るとほぼ同時に人が入ってきた。スパーン!という小気味良い音が響いた。  いつの間にいたのだろうか。部屋に入る前まではまったく人の気配を感じなかった。どこかで隠れて尚人の動きを見ていたのだろうか。  部屋に入ってきたのは小柄な女だった。髪は黒く、肩で切りそろえられたおかっぱ頭。肌は白く唇は赤い。瞳は猫のように釣り上がっている。服装は都内の電気街にいるようなメイド服だった。顔は幼く見えるが、脚がすらりとしていて形が良く艶めかしい。緊張していた尚人も思わず見惚れてしまった。  女は尚人を一瞥するとつかつかと歩き、上座にどっかと座った。そこが当然の指定席であるように。 「面接を始める」とだけ言った。まるで「判決を言い渡す」のような物言いである。面接に来ただけでこんなに緊張したのは初めてだった。緊張というより、これは委縮か。  目の前の女は見た目に反して男勝りである。顔全体は整っているが、他人を寄せ付けない棘のようなものを感じる。ハスキーボイスだったのでさっきの電話の主だろう。そして、死刑宣告のような面接が始まった。
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