てんし

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てんし

 ある日、神様がてんしをお呼びになり、ご用を言いつけました。てんしはあずかったユリの花を大事にしまい、はりきって地上へ向かいました。  ところが、突然の嵐で竜巻がおこり、てんしは竜巻に巻かれてしまいました。  ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。竜巻の中でもみくちゃにされたてんしは町外れの公園に落っこちてしまいました。  あんまりぐるぐるぐるぐる回ったものだから、てんしは何もかも忘れてしまいました。 「ここはどこだろう? ぼくは何をするんだっけ?」  てんしが途方にくれていると、小さな女の子がてんしを見つけて、駆け寄ってきました。  「てんしさま、てんしさま! どうか、お母さんをたすけてください!」  てんしはびっくりして、女の子にたずねました。 「てんしって、ぼくのこと?」 「そうです、てんしさま。てんしさまの背中には羽根がはえてるって、牧師様から聞きました」  てんしは、くるりと自分の背中をのぞきこみました。なるほど、まっしろい羽根がはえています。どうやら、ぼくはてんしで間違いないらしいぞ、とてんしは思いました。  女の子はてんしの手を取ると、ぐいぐい引っ張ります。 「はやく、はやく、てんしさま! お母さんが死んじゃう!」 「ええ? それは大変だ」  てんしは急いで女の子についていきました。  女の子のおうちは、パン屋さんの屋根裏部屋でした。まずしい暮らしなので、屋根裏を借りて住んでいたのです。  一つしかないベッドには、やせて顔色の悪い女の人が寝ていました。 「お母さん、てんしさまよ! てんしさまがきてくださったのよ」  女の子が母親の耳元で、そっとささやきましたが、母親は熱にうかされて、耳も聞こえていないようでした。  てんしがぼーっと見ていると、女の子はまた、てんしの手をぐいぐいと引っ張りました。 「てんしさま、お母さん、病気なの。このままだと明日には死んじゃうって、お医者様に言われたの。どうか、おねがいです。お母さんを助けて」 「えっと……。助けてって言われても、どうすればいいんだろう?」 「てんしさまのゆりをいただけば、どんな苦しみも消えるって、牧師様がおっしゃっていました」  てんしは自分の手を見つめて、あっと、思い出しました。そうだ、ぼくは神様からの大事なご用で出かけてきたんだった。ゆりも確かに持っていた。 「ゆりを落としてしまった」  女の子はびっくりして泣き出しました。 「どこで落としたんですか? ゆりはどこにあるんですか? 」  てんしは一生懸命、考えました。 「ぼくは竜巻にまかれたんだ。竜巻がどこを通ったか、わかるかい?」  女の子はしっかりとうなずきました。 「山のほうから川ぞいを下ってきました」  そういって女の子は外に駆け出しました。 「待って、僕も行くよ」  てんしが駆けて、ついていきます。  女の子は、公園から川に向かって探しはじめました。  高い枝にたくさんとまっている小鳥たちに、どこかの木の枝にひっかかっていないか、たずねました。 「いいえ、どの木の枝にもてんしさまのゆりは落ちていませんでした」  小鳥たちがそう答えるので、女の子はがっかりして先へ進みました。  土手の巣穴から顔を出しているたくさんのネズミたちに、どこか溝に落ちていないか、たずねました。 「いいえ、どの溝にもてんしさまのゆりは落ちていませんでした」  ネズミたちがそう答えるので、女の子はがっかりして先へ進みました。  川のほとりに集まっているたくさんの魚たちに、川の上流から下流までながれていないか、たずねました。 「いいえ、竜巻が通り過ぎてからも、この川には、てんしさまのゆりは落ちてきませんでした」  魚たちがそう答えるのを聞いて、女の子は、わっと泣き出しました。 「てんしさまのゆりがない、てんしさまのゆりがない」  ずっとついてきていたてんしも途方にくれてしまって、女の子を抱きしめました。すると、女の子の体が冷え切って氷のようでしたので、急いで家まで連れて帰りました。  女の子のお母さんは、今にも息がたえてしまいそうに弱っていました。女の子はお母さんにすがりつくと、わあわあと泣きました。  そのとき、天から一人、天使がおりてきて、お母さんの胸の上にそっと、ゆりの花を乗せました。すると、お母さんはふと、ほほえんで息がたえ、魂だけの姿になって、天使につれられて天の国へのぼっていきました。  その姿を見て、てんしはすべてを思い出しました。  胸の奥に大事にしまっておいたゆりの花を取り出すと、そっと女の子に渡しました。 「泣くことはない。きみのお母さんは天の国へ行ったのだから。さあ、きみも、お母さんと同じところへ行こう。ぼくは君をむかえに来たんだよ」  あくる朝、様子を見に来たパン屋のおかみさんが、仲良く抱き合ってなくなっているお母さんと女の子を見つけました。おかみさんに呼ばれてきた牧師様は、二人の顔を見て言いました。 「なんと、安らかにほほえんでいることだろうか。きっと二人は天使様のゆりの花をいただいたのだろう。天国で仲良くくらしていることだろう」  女の子はしあわせそうに、わらっていました。
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