再会はエクレール

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再会はエクレール

 春の日差しが心地よい午後3時。春野恵はバスケットを抱え、住宅街をトボトボ歩いている。今年で26歳になった彼女は、婚活で奮闘しており、今日は見事に惨敗した。彼女が婚活を始めるようになったのは、23歳の頃。  高卒で都会の大手企業に就職した彼女は、仕事に専念していた。最初は仕事を覚えるのに必死だったが、慣れてくると仕事の楽しさを覚え、仕事終わりには上司や同僚と飲みに行った。  休日は登山を楽しんだ。アウトドア派の彼女は高校時代、登山部にいたのだ。最初は自分の人生はなんて充実しているのだろうと思った。  だが、20歳を過ぎると旧友から結婚式の招待状が届くようになった。社交的で快活な恵は、多くの旧友から式に呼ばれていた。  最初の頃は心の底から祝っていた。旧友達が幸せになるのは、自分のことのように嬉しかった。  幸せは人それぞれ。今の自分には仕事と登山がある。結婚はまだはやい。そう思っていた。  23歳の夏、高校時代の親友である明美が地元で式を挙げることになり、恵は実家に帰った。仲人の達人と言われ始めた頃でもある。 「明美が結婚するんだって。どんなスピーチにしようかな」  るんるん気分で母に話すと、神妙な顔をされた。むっとして「私にはまだはやいから」と言うと、母は更に難しい顔をする。 「まだはやいって、あんたの同級生、いったい何人結婚してると思ってるの? 結婚どころか恋人も作らないで……」  母の言葉は、心の奥底に届くほどグッサリ刺さった。同時に、マセた高校時代に友人と見ていた恋愛コラムに、『20歳過ぎのヴァージンは売れ残り』と書いてあったのを思い出す。あの頃は社会人になったら先輩と淡い恋をして、夜景が美しいホテルか、彼の部屋でヴァージンを奪ってもらうんだと夢想していたが、現実はどうだ。  恋人もできなければ、ヴァージンのままだ。売れ残りになってしまった。  明美の結婚式が終わって都会に戻ると、大卒で同い年の後輩がにこやかに話しかけてきた。 「私、来月結婚式を挙げるんです。仲人お願いしてもいいですか?」  言われた瞬間、悲鳴を上げそうになった。何故、社会人になって間もない彼女が結婚するのか? 相手は誰? 部署の王子こと片桐さん? それとも他の部署? それとも出張先?  爆発寸前の頭を深呼吸でどうにかして、後輩に向き直った。 「そうなんだ、おめでとう。お相手はどんな方?」 「大学のサークルでお世話になっていた先輩です」  そう言って後輩は、聞いてもいないのに馴れ初めを語り始めた。彼女は映画研究サークルに所属しており、歓迎会で悪ノリした先輩に酒を飲まされそうになったところを、彼が助けてくれたそうだ。それ以来、飲み会があると隣に座って彼女を守り、観に行きたい映画があれば付き合ってくれたという。クリスマスにロマンス映画を観た帰り、イルミネーションに彩られた噴水の前で告白をされたらしい。ちなみに、プロポーズもそこでされたそうだ。  聞いてるこっちが恥ずかしくなるような、ドラマチックな恋愛をした後輩に嫉妬した。しかも見せられた写真はイケメンで、恵達が働いている会社よりも有名な企業の会長の息子だという。  誰もが憧れる恋愛を、目の前で幸せそうに口を動かす後輩はやってのけた。
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