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「残念ですね、名優が亡くなって」
マリィ=オーエンは言った。
「仕方ありませんよ。大統領でもいずれは天に召されるのです。ところで息子さんのことですが都市の空気が肌に合わないのかもしれません。いっそ思い切って郊外へ移られてはいかがでしょう」
医師は静かに言った。
「前向きに検討してみますわ」
マリィは応えた。その後、夫のビルと話し合い、息子のマイクのために郊外へ移り住むことを決めた。
今年で九歳になるマイクは生まれつき身体が弱かった。彼が生まれた一九七三年は女流作家のパール=バックが逝去した。誰かが死に誰かが生まれる。そうやってこの世界は成り立っている。
オーエン夫妻は不動産屋を数件あたり、いくつかの家を見て回った。
「ここは穴場と思いますよ。都市にも近いですし」
「いつ頃の建築かな?」
ビルは白い壁とグレーブラウンの屋根の家を見つめて訊いた。不動産屋は、「一九六九年とあります」
ファイルに挟んである書類を見て応えた。
十三年間、誰にも住んでもらえなかった家。きっと退屈で寂しかっただろう、とビルは思った。
「ねぇ隣も見せてくれない?」
とマリィは訊いた。隣と言っても少しばかり離れている。ここからだと見えるのは、赤茶色の三角屋根だけ。
「あの家はうちの物件ではないですし、普段は空き家状態ですが、たまに家主が泊まりに来ているようです」
「あら、残念」
マリィはがっかりした。
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