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河井卓三七十二歳。
雪乃さんの再度の裏切りで、もう女はこりごり、と思っていた。なのにまた、惚れてしまうとは、思いもよらなかった。しかも今度は、孫ほど歳の離れた女性だ。
ワシには好みというものがないんか……。
自分でも信じられないのだが、やはりこれもコロナが影響しているのかもしれない。
世界中を巻き込んだ新型コロナウイルスの猛威に、飲みこまれそうだった去年の春。一時はパチンコ店がやり玉に挙げられたため、足が遠のき、行きつけだった商店街のカラオケレインボーは、ずっと店を閉じたまま、今年の冬にとうとう閉店してしまった。
コロナが収まったら行こうと、思っていた当てが外れてしまった。遠くのカラオケ店に行く気にもなれず、大好きなカラオケを封じられ、自暴自棄になったりもした。
苦渋の選択で、雨戸を閉めきって、ユーチューブに合わせて声を張り上げて歌ってみたこともあった。お家でひとりカラオケ、と気どってみても、物寂しさしか感じなかった。
誰もがそうしてガス抜きをしているのだから、と半ばあきらめてしまっていたが、積もり積もって、外に出るのも面倒なほど、鬱な気分になりつつあった。そんな頃、ひょんなことからユーチューブを発信する側に回ることになった。
きっかけは、枝元くんのひとことだった。
久しぶりに弁当を買いに行ったぽーぽーで枝元くんに出会った。
「久しぶりやな、枝元くん。あ、副編集長と言わなあかんのかな」
「やめてくださいよ。社員二人の会社ですから、今まで通り枝元くんでいいですよ」
「そーか、ほなそうするわ。たにやんも最近見んけど、元気にしとるか?」
「最近はリモートで仕事してるんで、僕も週一回しか会社に行ってないですけど、元気ですよ」
「仕事のほうはどうや?」
「大変ですよ。不況で一番に減らされるのが広告費ですからね」
「そやな、レインボーも閉まってもうたし、ワシもひま過ぎて死にそうや」
「河井さん、ユーチューブ始めてみたら、どうですか?」
「ユーチューブ?」
「最近はお年よりでやってる人も、けっこう増えましたよ。ユーザーも、高齢者から若い人までいますからね。ユーチューブでカラオケ歌ったら、いいんじゃないですか。視聴回数によっては広告がついて、収入も見込めますよ」
「ほんまかいな」
「これがうちのユーチューブですけどね」と言って、枝元くんがしあわせ新聞のユーチューブを開いて見せた。
しあわせ新聞の過去記事を抜粋したものや、取材の裏話をたにやんが面白おかしく披露していた。
「なんや、枝元くんは出てないんかいな」
「裏方のほうが合ってるんで、僕がカメラで撮ってるんですよ」
「けど、なんや面白そうやな。それにユーチューブでカラオケ歌えて、おまけに収入まで得られたら一石二鳥やないかい」
すっかり乗り気になった河井さんだった。
設定で何度も断念しかけたが、枝元くんの助けもあって、何とか配信ができた。最初のうちは枝元くんが撮ったが、今ではカメラを固定して自撮りもできるようになった。週一回のペースで更新が続いている。知り合いばかりだった登録者も、更新していくうちに、ぽつりぽつりと増えてきた。
そんなときだった。枝元くんから、ユーチューブユーザーのリモート飲み会に誘われて、気軽に参加してみた。そこで知り合ったタバサさんに河井さんはすっかり夢中になってしまったのだ。
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