***哀愁のユーチューバーにふーチャンプルーを***

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 「お弁当屋ぽーぽー」のイートインで、昼休みの枝元くんと河井さんは小声でこそこそ何やら話をしていた。 「タバサさんの歌う「涙そうそう」、これがまた艶があって、二十代とは思えないほどええですな」 「河井さん、なんか顔が赤いですね、酔ってます?」 「ちゃうわ、昼間っから飲んでないし。あのな、タバサちゃんな、枯れ専なんやて」 「枯れ専?」 「ああ、年がずっと開いた、ワシぐらいの男しか好きにならんそうや。なんかしらんけどなー、タバサちゃんのこと考えたら、顔がほてってきて赤なんねん」 「あ~、河井さん、わかりました。それは恋ですね」 「恋?」 「そうです、タバサちゃんに恋したんですよ」 「あー、そう言われれば、そうかもしれんな。5年ぶりの恋か、自分でも気づかんうちに恋してたんかもなぁ」 「河井さん、ユーチューブ見ましたよ」  そう言われることが急速に増えたのは、枝元くんから頼まれて、しあわせ新聞のユーチューブである「しあわせ情報ちゃんねる」に出演してからだ。コロナ禍でのカラオケ愛が高じて、ユーチューブを始めたいきさつをたにやん相手に話したのが、思いの他、好意的に受け取られた。 「あの回の再生回数は、ふだんの二倍ですよ」と、枝元くんが喜んだ。その祝いも兼ねて飲みに行こう、と枝元くんから誘われ、それではタバサさんも、と言うと、すんなり来てくれることになった。河井さんは「脈アリ」と密かにニンマリしたものだ。  枝元くんとタバサさん、河井さんの三人の飲み会は五時から七時までの二時間。時短をきちんと守って居酒屋で行われた。 ただ、河井さんはすっかりごきげんでこれで帰るのが惜しくなり、イチかバチかでタバサさんをカラオケに誘ってみた。 「あー、ちょうどワタシも、カラオケ行きたいなぁ、と思ってたとこやねん」 「カラオケの話、たくさんしましたからね」 「ほな行こう、枝元くんも行くやろ?」 「そうですねえ」  枝元くんはスマホのメッセージアプリを見ていた。 「あー、日名子さんが仕事、終わったんで会いたい言うてますんで、僕はここで失礼します」 「わぁ、枝元さん、彼女おるんや~」 「もう付き合って五年になります」 「タバサちゃん、わしは一人やで」 「えっ、河井さん奥さんおらんの?」 「もうとっくにあの世や。そやから彼女募集中やで」 「ほな、河井さん、タバサさん、楽しんできてくださいね」 「おお」  枝元くんはどうやら河井さんに気を利かせて二人っきりにしてくれたようだった。  福田こうへいの「おとこ傘」をとうとうと歌う河井さんに、タンバリンを振ってタバサちゃんが盛り上げた。 「タバサちゃん、また『涙そうそう』歌ってや」 「ええけど、ワタシオンチやから」 「オンチの人なんておれへんで」 「だって、いつも五十点以下なんやもん」 「タバサちゃんのは味があって好きや。歌なんていうのは機械では判断できん良さってもんが、あんねん」  言ってる間にもう前奏が始まっていた。河井さんが送信していたのだ。  河井さんは目を閉じてうっとりとタバサさんが歌う「涙そうそう」を聴いていた。 「沖縄に行きとうなるな」 「ワタシ、まだ沖縄に行ったこと、ないから行きたいわ~! 河井さん、連れてって!」  そう言って、河井さんにしなだれかかってきた。 「そうか、行ったことないんか。そら、連れて行ってやりたいな……。けど、まだ緊急事態宣言、解除されてへんからな」 「え~、なんだ、つまんないの」  タバサちゃんはさっと河井さんから離れて、それっきり、終始つまらなさそうにして早々に帰ってしまった。 その後だった。河井さんがお弁当屋ぽーぽーに寄って、遅い晩ごはんを食べたのは。初デートだというのに、河井さんはすっかりしょげて、何も話す気力さえ無くなっていたのだ。  年金生活でコツコツ貯めた貯金が少しばかりある。しかし、今は大好きな沖縄に迷惑はかけられへん。だからもう少しの辛抱だ。 家に帰って、もし解除されたら、九月に沖縄旅行に行こう、とタバサちゃんに電話した。タバサちゃんもその時は、すっかり機嫌を直したように喜んでいた。 それなのに緊急事態宣言の延長によって、旅行はさらに延期せざるを得なくなった。その間にタバサちゃんは別のユーチューバーと一緒に沖縄に行き、バカンスを満喫したようである。  ビキニを着て海岸でいちゃいちゃしている動画がユーチューブにアップされて、河井さんは腰を抜かすほど驚いた。タバサちゃんから「シャチョーさん」と呼ばれる相手の男性が、頭がすっかり薄くなった河井さんと同年代だったのが、救いと言えば救いだった。 「タバサちゃんは嘘ついてたわけや なかったんやな」  こうして河井さんの短くも淡い恋は、こっぱみじんに消え去ってしまった。 「あ~あ、けど、後悔してへんで」と、あかりを相手にぼやく河井さん。 「そんなことがあったんやねえ。けど、河井さん、えらいやん。今回は見直したよ」  あかりは、二センチ幅に切って水に戻した、弾力のある沖縄麩を絞りながら河井さんを慰めた。 溶き卵に麩を入れ、混ぜ合わせて塩とかつお出汁を入れて油で炒める。 「麩って、ふわふわしてつかみどころがなく、河井さんみたいやけど、旨みもたっぷり沁み込む優れものやねん。河井さんも麩みたいな味が染みこんだ、ええ男やねんな」 「あかりちゃん、ようわかってるやんか」 「男には苦労させられてますからね~」 ポーク、キャベツ、にんじん、ニラ、もやしを炒めたら塩、しょう油で味付けして、取り置いた玉子と麩の炒めたものと合わせた。 ほかほかのふーチャンプルー弁当を美味しそうに食べる河井さんは、すっかりご満悦の様子だった。 いつか晴れて沖縄旅行に行ける日までに、男を磨いて彼女を作らなあかんな、と河井さんはあくまでポジティブに考えるのだった。 【ぽーぽー川柳 今日の一句】 おとこ傘 哀愁染みる ユーチューバー お粗末さまでした♪
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