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***グルクン唐揚げ弁当の逆襲***
「こんにちは~、お弁当屋ぽーぽーのあかりです。今日の『おうちでオキナワン』はにんじんしりしり。にんじんしりしりを笑うものは、にんじんしりしりに泣く、というのは、今私が作った言葉なんですけどね~。どっちか迷ったら笑ってやってください。あ、これパクリですね。どーもすみません」
自撮り棒に固定させたカメラに向かって、あかりは頭を掻いてにっこり笑ってみせた。とうとうあかりも河井さんに感化されて、ユーチューブデビューしたのだ。
家でも沖縄料理に親しんで欲しい、とお店のレシピを作ってみせる定番中の定番のような内容だ。クサガメのぽーぽーをチャンネルのサムネイルに使ったが、漆黒の甲羅はまったく映えずに、登録者もいまひとつ伸び悩んでいた。
あかりから相談を受けたたにやんがやって来た。
「えらい久しぶりやな。仕事やないと連絡くれへんとは淋しいな」
「ようゆうわ。たにやん、昨日もお弁当買いに来たやん」
「まあ、そうやけど、あかりさん、忙しそうで、全然話できひんかったからな。それに周りには人がいるし、サシで話すのは久しぶりやん」
「ちょうど暇な時間帯やからね。小夜子さんも少し前に陶芸習いに出かけたし」
「小夜子さん、星崎ライフをエンジョイしてるなあ」
「仕込みやランチの時間帯はめっちゃ助かってるよ」
「ふーん。だいぶ客足も戻りつつあるようなや」
「おかげさまで。でも、まだまだやけどね。ユーチューブも、なにかのとっかかりになったら、と始めて見たんやけどねぇ、なかなか、……難しいねぇ」
「どこも似たようなこと、やってるし、料理動画だけでは話題性に欠けるで」
「そこで、困ったときのたにやんやんか。なんとか、再生回数伸ばすためのアドバイスをお願いしたいねん。もちろん料金は払うよ」
「ほな、30パーセントオフでええで」
「そこは半額でお願い」
「半額? せこいな、あいかわらず」
「再生回数がどれだけ伸びるか、わからんねんもん」
「まあ、半額でええわ」
「ホンマ~? ありがとう、たにやん」
たにやんは相変わらず、元カノのあかりに弱いようだ。
登録者の年齢層や再生時間を調べて、『おうちでオキナワン』を分析したたにやんから、いくつかの提案を受けた。まず、一番にはサムネイルはシズル感のある料理にすること。それから、つまらない喋りは慎むこと。登録者は主婦と高齢者中心で、昼間の時間帯の再生が多いので、食器やインテリアにも気をつかい、沖縄の雰囲気を伝えること、などだ。
たしかに思い当たる節のある事がらばかりだった。お店は清潔感をモットーにしたシンプルなインテリアだったが、動画で見るにはユーザーへの配慮が足りなかった、と反省した。
「おばちゃーん、紅芋コロッケある?」
時々食べに来るサッカー少年三人組が自転車でやって来た。今日も練習の帰りなのだろう、「星崎イレブン」とロゴ入りのユニフォームを着ている。
「今から揚げるから、そこに座って待ってて。三つでええのん?」
「うん」
あかりがコロッケを揚げてる横で、まだたにやんが提案事項を熱く語りかけてくる。
「もう、わかったから、あとはメールにして送っといて」
それを聞いていた小学生の一人、長髪の拓実くんが「おっちゃん、僕らにも教えてほしいことがあるねん」と言ってきた。
「なんや、内容によっては教えてやってもええけど、高いで」
「えーっ」
「まあ、言うてみい」
「あのな、僕らのチーム全然勝たれへんねんけど、どうやったら勝てるか、教えてほしいねん」
「なんや、そんなことか。そら、練習する以外、ないのんちゃうか?」
「練習しても練習しても、負けてばっかりなんです」
長身の俊也が、「あ、相手が強すぎる、いうんはナシで」と口を挟み、小柄な彰も「あ、僕らが弱すぎるんは、その通りやけど」と言って、参戦した。
三人から真剣な眼差しで問われて、たにやんは腕組みをして考え込んだ。
「そや、とにかくきわどい時は転んでみる、いうのはどうや?」
「ブッブー、やってるけど、ファウル取られてしまうだけや」
拓実が手でバッテンを作ると、残りの二人も頷いた。
「それなら審判と仲良くするために、お歳暮をおくる!」
「たにやん、それは買収やんか」
見かねたあかりがチャチャを入れた。
「はい、紅芋コロッケ、できたよ。しっかり食べて次は勝ちやー」
ほくほくの紅芋コロッケを頬張る少年たちをあかりは励ました。
ところがたにやんはまだやめずに、「あ、それかずーっと自陣で引きこもって、引き分けを狙うのは、どうや? 忍法ぽーぽーや」などと言っている。
「試合中ずっとは無理やで、なぁ、ぽーぽー?」
あかりがぽーぽーを見ると、甲羅干し用の石の上に乗って、首を引っ込めて眠っていた。
「それか、あれやな」
「たにやん、もうええかげんにしいや。こんなおっちゃんに聞いても無駄やで」
「いや、待ってえや。君ら、ちょっと痩せてるんちゃうか。もうちょっと力がつくもん、食べたほうがええで」
「えっ?」
紙に包んだ紅芋コロッケを美味しそうに食べている少年たちの腕も脚もたしかに華奢だった。
「そや、みんな喜べ。あかりさんがパワー盛り盛りのお弁当、考えてくれるて言うてるで」
「そんな、急に言われても……、でもまあ、考えてみるね」
「お願いします!」
少年たちは立ち上がって一礼した。
成り行きで少年サッカーチームの勝利の行く末を担うことになって戸惑うあかりに、たにやんは小さくファイティングポーズを取ってニンマリした。
「もう、しゃあないなぁ。すんごいパワーつくお弁当考案するか。おばちゃんにまかせなさい!」
あかりは、ドンと胸元を叩く真似をして見せた。
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