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***和風ソーキそばと朝までザンシロ***
「もしもし、あかりか? あのな、明日大学の仲間の集まりがあってな、大阪行くことになったんや。泊めてもらえるか?」
「え~、まあええけど、えらい急やね」
「一年前から話はあったんやけど、コロナで延期になってもうてな、急きょみんなの都合がついたんや」
「そうなんや、そらしょうないな」
あかりは電話を切ったあと、腕を組んでしばし考え込み、深いため息をついた。
「どうかしたんですか、あかりさん」
イートインでクーブイリチー弁当を食べていた枝元くんが訊いた。
「お父ちゃんからやねんけど、明日泊りに来るって言うねんけど、どうしよう。なんや大学の同級生の退職祝いなんやて」
「あかりさんのお父さんって、存命だったんですか。てっきりもうこの世にいないんや、と思ってました」
「いるよー、勝手に殺さんといて。和歌山で梅干し屋してるし」
「いや、だって小夜子さんと住んでるじゃないですか」
「それはそれよ。バツイチの娘と父親なんて、数カ月に一度、電話で話すくらいなもんやからね。仕事ひと筋で趣味もないから、共通の話題がないねん。その上、和食いっぺんとうで沖縄料理は苦手ときてる……。ああ困ったなぁ、二階の小夜子さんの隣の部屋は完全に物置だし、どこに泊まってもらおう」
あかりは眉間に皺を作って、チラッと枝元くんを見た。
「えっ?」
自分で自分を指さす枝元くんに、コクンと頷くあかり。
いやいやいやいや、と首を振るが、あかりは露骨にがっくりとうなだれて見せた。
「いや、でもね、うちのアパートも狭いですよ」
「だよね~、もうしゃーないな、お店に寝てもらおうかな」
「えっ、店って、どこに寝るんですか?」
「椅子と椅子をくっ付けるしかないよね」
「いや、それはいくらなんでもお父さんお気の毒ですよ」
「だよね」
「……あ~、もういいですよ、僕のアパートに泊めて差し上げますよ」
「ホンマ~? 枝元くん、恩に着るわぁ~。ありがとうやでぇ~」
「日頃からあかりさんにはお世話になってますからね」
拝み手のあかりに、仕方ないなぁ、という風に枝元くんは頭を掻いた。
「そういうわけで明日の夜はちょっと会えなくなった。ごめんね、日名ちゃん」
枝元くんは食べ終わり、店の外に出て、さっそく日名子に断りの電話をしていた。
「うん、わかった。わたしも締め切りが迫ってるところだったから、ちょうどよかったよ」
「ああ、そうなんや」
やや拍子抜けしたものの、「じゃあ、また」と早々に電話を切った。
五年前、ふとしたことから星崎公園で出会った頃、日名子は引きこもりのコミュ障だった。だが、枝元くんと付き合い始め、少しずつ心を開いていった。
枝元くんの助言で、元々趣味で書いていた漫画をSNSに載せてみたところ、「いいね」が日ごとに増えていき、ある日、編集者の目にとまった。
目下、WEB連載に向けて、話が進行中なのである。
それにしても、と枝元くんは思う。
付き合いが四年を超えた頃から、ひそかに枝元くんは結婚を意識し始めた。コロナ禍ということもあって、思うようにデートもできず、何かと不便を強いられ、世間では「コロナ婚」が流行り始めていた。よっしゃ、この波に乗って、と思ったのだが、日名子の方はというと、枝元くんの意に反して漫画を描くことにのめり込んでいく一方だ。
もちろん、それは枝元くんにとっても喜ばしいことであり、応援もしていたのだが、結婚からは遠ざかることになってしまいそうで、複雑な心境だった。
枝元くんが考え込んでいるのを、めざとく見つけたあかりが声を掛ける。
「枝元くん、どうしたん、えらい深刻な顔して」
「まあ、色々悩みがあるんですよ、僕にも」
「えっ、ほな、やっぱりお父ちゃんにはお店に泊まってもらおうか?」
「いえ、そのことじゃなくて、ですね~。実は日名ちゃんに『明日はちょっと会えなくなった』と電話したら、『ちょうどよかった』ってあっさり言われてしまって。それで凹んでるところなんです」
「あ~、それは辛いね。もしかしたら、枝元くんと日名ちゃん、倦怠期ちゃうん?」
「うーん、そうなんですかね。彼女、今、仕事が面白くなってきたみたいでしてね」
「男より仕事。そんな時期もあるよね~」
「みたいですね~」
とりあえずボヤキを聞いてもらうだけで、ひとときでも心が安らぐ枝元くんだった。
お弁当屋ぽーぽーを後にして、昼からはいつものように情報収集のためにデパートに出向いた。まずはようやく再開が決まった催し会場に行き、北海道物産展を冷やかして歩く。食堂コーナーはなく、作ったラーメンを持ち帰れるようになっていた。約一年ぶりの物産展とあって、待ち望んでいたお客さんで賑わっていたが、まだ客足は充分とはいえなかった。デパートの華、物産展に元の賑わいが戻らない限りは景気は上向くことはない。商店街も、しあわせ新聞も、ぽーぽーも、もちろんその影響下にあった。
鮭とばの袋詰めを買った枝元くんが、宝石売場の前まで来て足を止めた。
その昔は給料の三ヶ月分、などと言われた婚約指輪。今の相場は?とスマホで検索してみた。
おお、三十万か、今は給料の一カ月分が主流らしい。薄給でもこれなら手が出ない金額ではない。
ショーケースの中の、こじんまりとして、それでもダイアモンド特有の上品な輝きを放っているリングに目がいった。
「お出ししましょうか?」
年輩の女性店員から声を掛けられた。
「見るだけでもいいですか?」
「もちろんですよ。ごゆっくりと見てくださいませ」
日名子の頭文字H型にダイアモンドがちりばめられているデザインリング。なかなかいいではないか。
三十二万円なら分相応と思われた。
思わず買ってしまいたい、衝動に駆れる。
待て待て、その前に日名ちゃんの気持ちを確かめなくては。
そっちが先決だ。
「もう少し考えてみます」
枝元くんは逸る気持ちを抑えて、リングを置いた。
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