***和風ソーキそばと朝までザンシロ***

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 ぽーぽーの厨房であかりは試行錯誤を繰り返していた。うどん好きな壮八のために、「和風ソーキそば」の開発に注力していたのだ。  元々かつお出汁なので問題はナシ。ソーキはやはり欠かせない。変更点は昆布を足すこと。ソーキを煮込む際には砂糖を減らしてしょう油味を強くする。 「うーん、それだけでは、なにか物足りないなあ」と悩んだ末にグッドアイデアが閃いた。 「これや」  味見をして、一人ニマニマしていたところに壮八がやって来た。 「あかりー、久しぶりやなあ、世話になるわ」  二年ぶりに会う壮八はまた後頭部が淋しくなり、若干顔がふっくらしたようだが、元気そうだった。 「お父ちゃん、そこに腰かけといて。お茶淹れるね。まだ晩ごはん食べてないんやろ? すぐに作るから待っといて」 「かまわんといてや。白いごはんがあれば梅干しで茶漬けでもええねんで」 「また、そんなことゆうて。待ってて。今、和風ソーキそば作るから」 「いや、ワシはうどんのほうがええのん、知っとるやろ」 「まあまあ、ちょっと食べてみてから言うてよ」  あかりは壮八の前に、特製の和風ソーキそばを置いた。  壮八は「仕方ないな」、という風に丼を持ちあげて、ひと口そばを掬い口に入れて、出汁を啜る。 「ソーキも食べてみて」と、あかりに促されて、渋々ソーキを齧った。 「うん? なんや、これは」 「わかる?」 「わからんでかい、梅干しの味がするな」 「正解。ソーキを煮る時に、鰯のように梅干しを入れて一緒に煮てみてん。お出汁には隠し味にしょうが汁を垂らしてみたんよ。けっこうイケるやろ?」 「うん……、まぁ、イケるかな。まだちょっと、あれやけど」  壮八はお土産に持ってきた梅干しの木箱を開けて、大粒の梅干し五粒をソーキそばの丼にほりこんだ。 「追い梅干しや。うん、うまいわ」 「ホンマ、梅干し好きやねぇ」  あかりは壮八に呆れながらも、その笑顔を満足そうに眺めた。  ところが、父娘の団らんは一時間以上続かないのが常なのだ。 「疲れたから寝るわ」と言って、壮八は二階に上がろうとする。 「えっ、もう? ちょっと待ってお父ちゃん」 あかりが事情を話すと、壮八は特に文句を言うわけでもなく「そうか」と言って納得した。寝床さえあれば、あかりの家だろうが、枝元くんのアパートだろうが、特に問題はないのだろう。 壮八を枝元くんのアパートまで送り届けると、あかりは申しわけなさそうに眉を寄せる。 「ごめんね、枝元くん。今夜はよろしくね。お父ちゃん、迷惑かけんと、今夜は早く寝てね」 「アホか、迷惑なんかかけへんわ。いらん心配すんな。なあ、枝元くん」 「えっ、あ、はい。そうですね」 「ほなな」 「うん、じゃあね。おやすみ、枝元くん」 「あ、おやすみなさい」  あかりが去ると、壮八はさっさとドアを閉めた。恐らくただただ眠かったのだろう。その晩は、枝元くんの用意した客布団に潜りこむや否や、眠りについた。  翌朝、壮八は枝元くんが作ったハムエッグとトースト、コーヒーの朝食を平らげて礼を言った。 「枝元くん、昨晩は泊めてもらって朝食までごちそうになり、すまんかったな。どうせ、あかりが強引に頼んだんやろうけど」 「いえ、そんなことはありません。あかりさんには本当にいつもお世話になってるんで。今の会社に入ったのもあかりさんのおかげなんですよ」 「そうか、あいつも一丁前に人の世話なんてするようになったんか。自分のことで精いっぱいやったあかりがなぁ……」  壮八が感慨に耽っていると玄関のチャイムが鳴った。枝元くんがドアを開けると、あかりが壮八の忘れ物を持って立っていた。 「これお父ちゃんの忘れ物やねん」  ピンクの花柄の包装紙にピンクのリボンがついた紙包みだ。 「はあ、あ、壮八さん、呼びましょうか」 「うううん、ええから。それよりな、枝元くん、今日はなんか用事ある?」 「いえ、特にはないですけど、どうかしたんですか?」 「それが、頼みたいことがあるんねんけどね……」  あかりが枝元くんの耳元で何やら囁くと、枝元くんは「うーん」と考え、渋々引き受けることにした。  一時間後、枝元くんは駅に隣接したホテルのロビーにいた。グレーの上下という目立たない服装で、壮八と目が合わない席から盗み見していると、たえず自動ドアの方ばかり気にして、そわそわしている。 数分後、壮八の顔がパッと輝き、立ち上がった。その視線の先には、壮八と同年代の白髪混じりの薄緑色のスーツを着た楚々とした女性がいた。 「満智子さん」 「壮八さん、お久しぶりですねえ。いつ以来かしら」 「同窓会以来だから、五年ぶりやな」  二人が連れだってホテル内の和食レストランに入っていくのを見届けた枝元くんはあかりに電話した。 「女性と待ちあわせして、ホテルのレストランに入っていきました」 「ありがとう、やっぱり……。あのピンクの包みはおかしいと思ってたんだよね」 「そうですね、このあと、どうします?」 「女性と合ってるのがわかったらもういいわ。色々とありがとう。このお礼はまた、させてもらうね」 「めっちゃ奢ってもらわないと、元はとれませんね」 「ぽーぽーのお弁当、半年分でどう?」 「うそですよ、そんなんしてもらえませんから」 「ごめんやで~」
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