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下弦の月あかりの中、壮八がすっかり上機嫌で帰ってきた。
「ただいま」とぽーぽーの戸を開けると、あかりが腕組みをして睨んでいる。その横で枝元くんが申しわけなさそうにしているのと対照的だ。
「どないしたんや、あかり」
「自分の胸に聞いてみて」
「なんのこっちゃ」と睨みあう二人。
重苦しい空気に耐えかねて枝元くんが「あのですね、壮八さん」、と事の顛末を話した。
すると壮八はぷっと吹き出して、笑いが止まらなくなってしまった。
「なに、もう。何がそんなにおかしいん? バツが悪いもんだから、ごまかしてんの?」
「ちゃうちゃう、あのな、まず、ワシがデートしてたゆうのは誤解やから。満智子さんにはれっきとしたご主人がおる」
「ほな、不倫?」
「アホか、違うっていうとるやろ。そら、プレゼントは満智子さんに渡した。退職したのは満智子さんなんやからな。そやけど、大学の同級生の集まりいうんは嘘とちゃうぞ。他にあと二人来るはずやったんが、仕事と体調不良でドタキャンになったねん。それでたまたま二人になってもうただけや。食事して、ちょっと酒は飲んだけど、それだけ。ホンマやって」
「ふーん、なんかでき過ぎた話やけどねえ」
「嘘やとおもたら満智子さんに電話してみよか」
「ええわ、相手の人に迷惑やん。もうわかったから。お父ちゃんがそんなにモテるわけないのは知ってたけど、一応疑ってみただけや」
「こんな年になっても娘に嫉妬してもらうのは、恥ずかしいようなうれしいような妙な気持やな」
「嫉妬なんか、してへんわ」
先ほどから何やらスマホを弄っていた枝元くんだが、いつまでたっても終わらない言い争いに、「まあまあ」と間に入ってとりなした。
「ごめんね枝元くん、ホンマにごめんやで~」
「しょーむないことに人をこき使ってからに、やっぱりお前の自分勝手なところは治ってないな」
「なんやて、元はといえばお父ちゃんがややこしい行動するからやろ」
ガラッと戸が開き、「こんばんわー」と日名子が久方ぶりに顔を見せた。
「おっ、早いやん」
「日名ちゃーん、久しぶりやねえ、入って」
日名子のおかげでやっと不毛な争いが終わったと枝元くんは胸をなでおろした。
アーサの天ぷら、ゴーヤーにんにくしょう油炒め、ゆし豆腐、島らっきょうなどの料理が、仲直りの宴を彩る。
「そうそう、これを忘れては始まらんね」
トンと一升瓶をテーブルに置くあかり。
「おっ、ザンシロですね」
「なんや、ザンシロって?」
「お父ちゃん、知らんの? 残波という泡盛には白と黒があって、これは白。口当たりがよくてフルーティーで、地元では『朝までザンシロ』なんて言われてるんよ」
乾杯の後、みなで料理をつつくと、「ホントだ、飲みやすいですね」と日名子もグラスを手に上機嫌だった。
「日名ちゃん、仕事はうまくいったんや」
「なんとかOKいただきました」
「そら、よかったなぁ、枝元くんも心配してたんよ」
「わわ、あかりさん、まぁ、ちょっとは」
「フフ、あとは二人でゆっくり話して、お父ちゃんおじゃま虫やから私らはこっちで飲もう」
席を離して壮八と向かい合うと、特に話すこともなく、ちびりちびりとお酒が進む。
「そやけどあかりもアホやなぁ。ワシがデートやなんて」
「もうええから、その話は」
「突然、かあさんが亡くなってから十一年か……。俺は今でもかあさんひと筋や」
「えっ、なにそれ、娘の前でのろけんといて」
「そやから、他の女の人とデートなんて、するかいな」
「うん、そやったね、安心したよ」
パンっと突然、外で音がして、枝元くんと日名子が店の外に飛び出した。
「あっ、花火だ」
日名子の華やいだ声がした。
枝元くんがほんのりと酔いの回った赤い顔をあかりたちに向ける。
「あかりさん、壮八さん、ほら、花火ですよ」
それは、どうやら近くの公園で上がるサプライズ花火のようだった。
青、赤、ピンク、黄色の菊の花やナイアガラの打ち上げ花火が、時間を開けずにパンパンと上がっていった。
花火の明かりに灯されて、日名子の横顔が輝いている。
枝元くんはポケットに隠し持っていたリングを取り出した。
「日名ちゃん、まだもうちょっと先かもしれんけど、、いつまでも待ってるから、結婚してくれるかな」
「枝元くん……」
その夜のお弁当屋ぽーぽーの宴は朝まで続いた。
【ぽーぽー川柳 今日の一句】
月あかり花火肴に父娘(おやこ)酒
お粗末さまでした♪
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