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大学に進学後、一人暮らしの生活費の足しにしようとアパートの近くのコンビニでアルバイトを始めた。
親からの仕送りもあるし、贅沢な生活さえしなければ食うには困らなかったが、そこは健全な男子学生だ。
出会いが欲しいし、彼女ができれば必要経費は嵩む。
いざという時の為の軍資金は多いに越した事はない。
という訳で、時給がそこそこ良く講義にも余り支障が無い夜間のコンビニバイトに飛びついた……までは良かったけど、想像以上に大変だった。
商品の陳列に補充、レジ打ちなどの接客に在庫点検…etc. etc.
こなす客の数は日中に比べれば少ない事も多いが、何より客の質が大変だ。
酔っ払いのサラリーマンに勘違いも甚だしい自称ヤンキーだと宣う不良少年たち、といった連中が隙あらば絡んでくるからだ。
バイトを始めたばかりの頃
「んだぁ?お前バイトだろ?!バイトが客を見下ろしてんじゃねぇ!!ちょっとばかし男前だからってバイトの分際で何様だ!?貴様は!!」
と、酔っ払いに絡まれてしまった。
「はぁ、すみません…」
「何でも謝ったら許されると思ってんのか!これだからイケメンは嫌なんだよ!!」
「キサマはナニサマだってよ~!ワハハッ!」
背が高い故にどうしたって相手を見下ろす格好になってしまうだけなのに、それが我慢ならんという理不尽な怒りにテキトーに頭を下げ、爆笑しているサラリーマン風の男たちに内心溜め息を吐いた。
その日の帰り道だった、 “アイツ” に会ったのは…
「あーっ!!ったく、何で酔っ払いに謝んなきゃいけねえんだよっ!バイトだからってバカにしやがって!!」
道端の石ころを怒りに任せて蹴ると、勢いよく飛んだ石が花屋の店先に置いてあった鉢植えに当たった。
その花屋は夜遅くまで営業していて、仕事帰りのOLやサラリーマンが自分用なのか家族へのプレゼント用なのか、嬉しそうに買って帰る姿を時々見かけた事があった。
「くそっ!良いよなっ、花は。何にも考える必要も無くて!」
そう吐き捨てると、そのまま通り過ぎようとした時だった。
「おい」
突然呼び掛けられて振り向くと、同い年くらいの黒髪の男が立っていた。
「石を蹴っといて謝罪も無しか?」
「んぁ?」
「他人に物を打つけたら謝りなさいって、小学生だって知ってるぞ」
「たかが花だろ?人じゃあるまいし」
「人も花も同じだ。生きてるんだから痛みを感じるんだよ」
「……」
「それにここに置いてある花は商品だ。お前がバイトしてる店は怒り任せに商品を傷つけても何も言わないのか?」
「……………った…」
「聞こえない」
「…………悪かったな」
正論を突き付けられ不承不承謝罪の言葉を口にすると、黒髪の男は目を細めにっこり笑った。
……可愛い…
思わず呟きそうになり、慌てて唾液と一緒に飲み込む。
「接客業なんてやってると腹の立つ事なんて山ほどあるけどさ、だからって八つ当たりなんかしてたらお前が腹立ててる酔っ払い?そいつ等と同じレベルになっちまうぞ」
そう言って俺の肩をポンと叩くと、爽やかな笑顔を見せて黒髪の男は花屋の中へと入って行った。
あの時も、 “アイツ” が立ち去った後に甘くて爽やかな香りがした。
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