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路上に生ゴミが散乱している。
おそらくカラスや野良猫。この辺には他に目立つ動物はいない。まさか人間では無いだろう。
早朝、まだ空気が冷たいうちに朝日を浴びながら散歩をたのしむのが間暮博士の日課だ。
この、『散歩の出来』いかんで、その日の研究成果が大きく変わるくらい重要なのだ。
博士は道に散らばるゴミを見て、足を止めた。
「人間がゴミに網の覆いを掛けても、動物たちはなんとかそこからゴミ袋を引きずり出す。もちろん、覆いの掛け方が雑な人間もいるだろうが、それにしてもだ、いつもこう、見事にゴミが散乱しているのを見ると、これをしでかす動物の知恵と力には侮れないものがあるな……」
間暮博士はつぶやきながら辺りを見回した。電線にはカラスが数羽止まっている。
博士は、じっとカラスの群れを見つめて、そしてひとつ頷いてまた歩き出した。
*
間暮博士の研究所には地方自治体の偉い人が2人とその秘書など数名、そして新聞記者とカメラマンが2人ずつ来ていた。
「間暮博士。地域の一般ゴミ処理に関する画期的解決策の提案、ということで我々は呼ばれたわけですが、それはどのような?」
記者の一人が前に出てきて博士に質問した。
「うむ。それはですね……これを見ていただきたい」
博士は後ろを向いて2歩下がり、実験台の上に置かれた立方体の何かから、上を覆っていた白い布をサッと取り去った。
「おぉ?」
集まった人間達は、似たような驚きの声を漏らした。
博士が覆いを取り去って見せたのは大きな鳥かごで、その中にはカラスが一羽入っていたのだ。カラスは、かごの中の止まり木につかまって人間達を見ると、一度バサッと羽を広げた。
「カラスですか?カラスがゴミ処理に貢献するのですか?」
記者が不思議そうに博士にまた質問すると、博士は自信ありげにひとつ咳をして答えた。
胸を張った博士の姿をカメラマンがパシャパシャと写真に収めている。
「そうです、カラスです!」と博士。
「ほぉぉ?」と客達。
間暮博士はまた少しもったいぶって間を開けてから話し始めた。
「カラスは日々、人間が出したゴミを狙っています。彼らにとって、人間の出すゴミは重要な食料なのです。……そして、人間はゴミが散らばらないようき配慮して、袋にしまい、ゴミの回収が来るまでそのままの状態であるように覆いを掛けたり頑丈な集積場所を作って、そこに閉まったりします。言ってみれば、カラスやその他のゴミを狙う動物たちと人間はゴミの処理を巡って戦っているわけですね」
「まあ、そういうことになりますな」自治体のゴミ処理担当者が感慨深げに頷いた。
「そこで私は考えました。カラスがゴミを欲しいというのなら、そうしてやればいいのでは無いか?と。つまり、カラスにゴミを渡す代わりに、ゴミ処理自体をすべて彼らに任せるのです。ゴミ処理という労働の対価として、その中に食べたいものがあったら好きなように食べていいということです」
「間暮博士。カラスにゴミ処理って、そんな高度なことが出来るんですか?」
新聞記者が興奮気味にまくし立てた。カメラマンは一層勢いを付けて写真を撮っている。
「カラスは非常に頭のいい動物です。私はカラスの遺伝子に、ある種の操作をし、そして訓練を重ねて、彼らに『ゴミを片付ければ、その中から好きなものを食べる権利を得られる』と言うことを教え込むことに成功したのです!これで人間とカラスのゴミ戦争は解消されるでしょう」
そのとき、かごの中のカラスが、カァ~とひとつ鳴いた。
*
間暮博士の研究は自治体に承認されて、すぐさま実証実験が行われた。
実験は順調だった。博士が飼育し訓練したカラスたちは、まず10羽いたが、彼らは目印に青いキャップをかぶって仕事をした。
カラスはくちばしで巧みにゴミをより分けて運び、実に効率よく仕事をこなしていた。
始めに博士から訓練を受けたカラスはやがて、野生のカラスたちをも配下にして、青いキャップのリーダーカラスが集団を率いて行き、その活動範囲を瞬く間に広げていった。
成果を見るために集まった自治体の幹部は、間暮博士に感謝の言葉を連発した。
「いやあ、こんな素晴らしい解決法があるとは、思いもしませんでした。害獣と見なされがちなカラスに仕事をさせるなんてねえ。ほんとに実に器用にゴミをくわえたり足で掴んだりして、あっという間にゴミを持ち去りますな。しかも、騒がしかったカラスが黙々と仕事をこなしている」
「次は野良猫にも同様の仕事が出来るよう、訓練を開始したところです。これも、大きな効果が期待できますよ」
間暮博士はほくそ笑んでいた。
*
だがしばらくしたある日、自治体の担当者から間暮博士に緊急の連絡が入った。
「博士、すぐに来てください。おかしなことが起こっているんです!」
「なんですと?とにかくすぐに向かいます」
間暮博士が現場に駆けつけると、確かにおかしなことになっていた。
ゴミ集積所の周辺の電線や、家の屋根の縁に、あの青いキャップをかぶったカラスを中心にして数十、数百というカラスがきれいに並んで、身を寄せ合い左右に体を揺すりながら『カァ~カァ~』と声をそろえて鳴いているのだ。
自治体の担当者の男性は、間暮博士に泣きそうな声を上げた。
「カラスはゴミを処理しないし、その上こうして、集まって鳴き始めるし。近隣住民から抗議の電話が朝から鳴りっぱなしですよ……一体どうしたんでしょうか?」
博士は肩から何やら箱形の機械を提げて、そこから伸びたマイクでカラスの声を拾い、ヘッドフォンで聞いていた。
「お待ちください。私の開発した、カラス語翻訳機で鳴き声を分析しています」
そして、しばらくすると、博士はこう説明した。
「理由が分かりました。カラスたちはこう言っています。『労働条件の改善を求めてストライキをしている』と。もっといいものが食べたいと……。それと、新規に参入してきた猫は我々の敵だと……、カラスの知能を高めすぎてしまったかもしれないナ」
間暮博士は、困り顔でカラスたちを見つめた。
おわり
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