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入った瞬間から今まで体験したことのない空気感を感じる。場内は立食形式で、タレントや関係者と思しき人たちが片手にグラスを持ちながら各々のテーブルで談笑している。
身につけている衣服からして鮮やかな赤色のワンピースの女性や、俳優さんだろうか。テレビで見たことあるような顔が何人かいた。何よりも一人ひとりから一般人とは違うオーラを漂わせているのが明らかだった。
元々、サークルの飲み会ですら得意ではなかった渉太がこんな大勢の集まる大人の中でお酒を片手に談笑できるほどの社交的ではない。むしろ苦手な方ではあるが、律仁さんに居てほしいと願われたのであれば帰るわけにはいかなかった。
会場に入るなり、様々な人に話しかけられ挨拶をする律仁さんを隣で目にしながら、渉太は時折彼に話しかけて来た人と視線が合えば会釈をする。積極的に会話へ入ることはしなかった。
それでも隣に居れば、渉太の事を問われたので、芸能界に興味のある律仁さんの弟であると誤魔化していた。律仁さんに嘘を吐かせるのは申し訳なかったが、正直に恋人だとは言う訳にはいかない。
「律仁先輩、ご無沙汰しています」
会場中央のテーブル。音楽の制作会社のお偉い方と話し終えた後で、若い二人組の男性が彼の元へと近寄ってきては、礼儀正しくお辞儀をした.
「睦也と洸一。久しぶり、年末の生放送の音楽祭以来かな?」
「はい、あの時の律さん。パフォーマンスがカッコよくて、あんな短時間でも会場が湧いていて凄かったです。俺達もあんな風に湧かせられるように頑張ります」
黒髪の短髪の爽やかな男が律仁さんのことを憧憬した眼差しで見つめてくる。二人とも律仁さんよりも低めではあるが、渉太よりは確実に高い背丈に整った顔立ち。
どこかで見たことあるような……。
「ありがとう、睦也。俺が君たちの目標になれてるのは嬉しいよ。事務所の先輩としてもっと俺も頑張らなきゃね。洸一も今回の新曲、君が作曲したんだろ?」
「ありがとうございます……。初めてで超不安だったんですけど、律さんのアドバイスものおかげです」
心なしか頬を赤らめながら、黒髪の男の隣にいた茶髪の目が隠れそうなほど長い前髪の男が何度も深くお辞儀をする。
「ところで那月は?」
「あいつは⋯⋯。まあ……。律さんに挨拶が先だって言ったんですけど用事あるって……」
律仁さんがそう問うと何処か歯切れが悪そうに顔を見合わせる。那月という名前と二人の顔を見て、渉太はどこかで見たことがある顔があったか思い出していた。
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